照明が落ちる
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待ち合わせに遅れないように、少し早めに家を出た俺は三十分前には喫茶店についてしまった。
黄島に連絡を一つ入れてから、先に見せに入る。
店に入った黄島が直ぐに気付けるように、入り口から見えやすいテーブル席に腰かけ、カフェラテを注文する。
入り口に意識を向けながらカフェラテを飲んでいると、入り口から艶やかな黒髪を靡かせながら黒沼先輩が姿を現した。
黄島との約束を思い出し、咄嗟に顔を伏せる。
どうか気付かれませんように。
だが、俺のささやかな願いが叶うことはなく、黒沼先輩は俺を見つけると嬉しそうに微笑みながら俺に近づいて来た。
「こんにちは」
「あ、どうも」
「ここいいかしら?」
「すいません、待ち合わせしてるんで」
「黄島秋子でしょ? あの子が来るまでだから」
確信めいた口調でそう言うと、黒沼先輩は俺の真ん前の椅子に腰かける。
そして、近くの店員に素早くコーヒーを注文した。注文までされた以上、どっか行けとは言いずらい。
結局、黒沼先輩の思い通りになってしまった。
注文したコーヒーが届くと、黒沼先輩はコーヒーを飲もうともせずに、マドラーでコーヒーをかき混ぜ始めた。
特殊な楽しみ方だな。そう思っていると、おもむろに黒沼先輩が口を開く。
「ねえ、前に私が言ったこと覚えてる?」
黒沼先輩が言ったこと……。
恐らく、聞きたくなったらいつでも声かけてという奴だろう。
「私、ずっと待ってたのよ。話してあげたいことがたくさんあったのに。折角だし、今から教えてあげるわよ?」
優しく俺に囁く黒沼先輩。
だが、生憎とその役割は間に合っている。
「すいません。今から黄島に聞かせてもらうことになってるので」
「あら、それは残念」
そう言うと黒沼先輩はコーヒーをかき混ぜる手を止め、コーヒーを一口飲む。
思ったよりあっさりと引いたことに違和感を感じたが、話が終わったならよかった。
ほっと一息つき、カフェオレを飲む。
そんな俺に黒沼先輩が「でも、変ねぇ」と気になる言葉を呟く。
「……なにが変なんですか?」
「黄島さんよ。今まで頑なに話してこなかったんでしょ? それなのに、急に話すって言いだすなんて気が変わりすぎじゃない?」
言われてみれば確かにそうかもしれない。
何故唐突に話す気になったのか。今日でいいなら、それこそ先日の黒沼先輩に初めて出会った日でも良かったんじゃなかろうか。
小さな疑念が俺の中で芽吹く。
「黄島さんがあなたに話すことは本当のことかしら?」
「なにが言いたいんですか?」
「嘘をつかれるかもしれないわよ」
「それは――」
「ないって言いきれる?」
黒沼先輩の言葉に口を閉じる。
黄島が俺に隠し事をしていたことは紛れもない事実であり、花恋を諦めさせてこようとしたり、世界がうんぬんという発言をしたりと不審な点だってある。
少しづつ俺の中に芽生えた疑念が大きくなっていく。
それでも、ここでの答えは一つだった。
「それでも黄島は嘘をつくようなやつじゃないと信じたい。だから、先ずは黄島の話を聞きます」
はっきりと黒沼先輩の顔を見据えて言い切る。
黒沼先輩はそんな俺に呆れたように深いため息をついた。
「そう。残念だわ。本当に残念。出来たら穏便な方法で済ませたかったんだけどね」
首を横に振りながら、黒沼先輩は自身の胸元に手をやり、小さな黒い鍵を取り出す。
その鍵を見た瞬間に、強い既視感を覚える。それと供に頭をズキリとした痛みが襲う。
なん、だこれ……?
「今回は特別。あなたを私の部屋に招待してあげる」
黒沼先輩がそう言った瞬間、ガチャリという鍵が開く音が響き世界が暗転する。
「真実は残酷なものよ」
最後に聞こえたのは黒沼先輩の不気味な笑い声とその言葉だった。
◇◇◇◇◇
「もう千歳は着いてるみたいだし、急がねえと」
スマホの画面を見た秋子は、春陽からのメッセージを見てそう呟くと少し歩くペースを速める。
今日の秋子は、動きやすそうなスリムパンツにスニーカーを履いており、白のパーカーの上からは青のデニムジャケットを羽織っている。
早歩きで急ぐ秋子を赤の信号が止める。
家を出た時から少しづつ早くなっている心臓の鼓動を感じながら、秋子は深呼吸を一つする。
落ち着け。覚悟はもう決めたんだ。
心臓の辺りに手を当て、自分に言い聞かせる。
昨夜、秋子は春陽に全てを話すと決めた。
話せば、間違いなく何かが変わるだろう。それは春陽と秋子の関係でもあり、春陽と花恋、啓二たちの関係のことでもある。
もしかすると、秋子は春陽に嫌われるかもしれない。それでも、秋子は真実を伝え、春陽と供に考えることが正しいことだと信じている。
強い決意と少しの不安を胸に、秋子は信号が青になったことを確認してから前へ一歩踏み出した。
***
秋子が喫茶店に着いて直ぐ、秋子は喫茶店の内部から放たれる異様な気配を感じ取った。
何かがおかしい。
違和感の正体が分からず、二の足を踏む秋子の前に一人の女性が姿を現す。
「こんにちは」
その女性は黒沼美弥――秋子が異常なまでに警戒している女性だった。
「てめえ……!」
「あら、そんな怖い顔しないで欲しいわね。私がなにかしたかしら?」
「ふざけんなよ。先日、学校で現れたマガツキ。あれはてめえが一枚かんでるんだろ。今度は何を企んでやがる」
今にも掴みかからん勢いで秋子は黒沼を睨みつける。
マガツキと呼ばれる鬼魔という人間ではない異界の存在が操る化け物がいる。秋子たちはそんな化け物と天精霊というこれまた異界の存在の力を借りて戦っている。
秋子は目の前の女から滲み出る雰囲気から、この女はあちら側の存在だと直感していた。
そして、その直感は正しい。
黒沼美弥はクロと呼ばれる鬼魔だった。
美弥もとい、クロは秋子の射抜くような視線もどこ吹く風で変わらず微笑んでいた。
「あら、やっぱり学校のことはバレてたのね。それより、企むなんて酷い言い方ね。私はただ真実を彼に教えてあげようとしているだけよ」
「真実……? まさか、千歳のことか!?」
秋子の言葉にクロがニヤリと口角を吊り上げる。
「ええ、その通り」
そう言うと、クロは喫茶店の中へ吸い込まれていく。
そのクロを黄島は慌てて追いかけ、手を伸ばす。
「ま、待て!」
「千歳春陽に会いたいなら一人で入って来なさい。仲間を呼んだ時には彼の命は無いと思いなさい。中で彼と一緒に待ってるわね」
不気味な笑みとその言葉を残し、は喫茶店の中に溶け込んでいくかのように姿を消した。
残された秋子は喫茶店に近づき、入り口の扉に手を伸ばす。
扉に手が触れた瞬間、水面に触れたときのように触れた場所から波紋が広がっていく。
「これは……ダークフィールドか」
ポツリと秋子が呟く。
ダークフィールド。それは鬼魔が生み出す特殊な空間のことだ。
その空間は通常の人間に認知することは出来ず、その空間内では本来この世界に存在しない力を使うことが可能となる。
秋子はアマツキという鬼魔と対立する天精霊という生物の力を借りており、ダークフィールド内でも鬼魔に反抗することが可能ではある。
だが、秋子がこれまで戦ってきた相手はマガツキと呼ばれる鬼魔が操る化け物たちだ。
本物の鬼魔と戦ったことは無い。更に、味方を呼ぶことも出来ない。
ほぼ間違いなく罠が仕掛けられているだろう。秋子に有利なことは恐らく一つもない。
それでも、春陽を見捨てるという選択肢は秋子の中には無かった。
「千歳、待ってろ」
意を決して秋子は喫茶店の扉からダークフィールドへと足を踏み入れた。
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