義妹が出来たので、これでラブコメが始まるなと思ったら、その義妹には既にハイスペックな彼氏がいた
ラブコメにおいて、最も主人公と結ばれる確率の高い存在は何だろうか?
幼馴染? 確かに小さい頃から主人公のことを知っていて、主人公の一番の理解者である幼馴染は、多くの場合で主人公と結ばれている。
幼馴染という属性を付けるだけでどんな女の子もメインヒロインと化すのだから、その影響力は計り知れない。
転校生? それまで平凡だった主人公の人生に一石を投じるという意味では、確かに転校生もメインヒロイン候補として挙げられるだろう。
実は過去に会ったことがありましたとか、最初は犬猿の仲だったけど徐々に互いの魅力に気付きましたみたいに、転校生はありとあらゆる設定下で強キャラぶりを発揮する。
幼馴染や転校生以外にも、メインヒロインになり得る存在は、多く存在する。しかし、そんな世の中でも俺は断言しよう。
義妹こそが、最強のヒロインである。
一つ屋根の下で生活していながら、血が繋がっていないという事実。幼馴染みのような距離の近さを持ち合わせていながら、同時に転校生のような新鮮さまである。
義理の姉も条件に当てはまるけど、姉か妹かって言われたら妹の方が萌えない? 年下好きという個人的な要因から、義妹は義姉の上位互換とする。
まさにラブコメにおけるチート的存在。それこそが義妹なのであって。だから父親の再婚を機に義妹が出来ると知った時は、飛び跳ねるくらい喜んだ。
それから一週間後、義母と義妹が我が家に越してきた。
初めての彼女も会った日のことは、よく覚えている。
義妹はメインヒロインの名に相応しいくらいの美少女で、年齢も一つ下の中学三年生。うん、十分守備範囲内だ。
「早乙女涼太だ。よろしくな」
「三橋……いいえ、それは昨日までだった。今日からは早乙女藍華です。こちらこそ、よろしくお願いします」
少々天然が入っているのか、うっかり旧姓を名乗ってしまうところとかも、また可愛らしかった。
これまで母親と二人暮らしだった生活圏内に、赤の他人(それも異性)が入り込んできた。生活が一変したのだから、当然藍華の胸中も平常心というわけにはいかない。
例えば入浴一つをとってもそうだ。
常に脱衣所に誰かいないか注意を払わなければならないし、以前のように下着姿のままリビングでくつろぐことも出来ない。
まぁそれは、俺も同じことなんだけど。
当初は俺に対して警戒心剥き出しだった藍華も、家族として過ごしている内に、次第に心を許していった。
藍華と義兄妹になっておよそ半月、初対面の時のようなお淑やかさや照れはなくなり……今ではソファーの上で無防備にうつ伏せになる姿なんかも拝めたりする。
「お兄ぃ、冷凍庫からアイス取ってきてー」
「アイスならないぞ」
「は? 何で?」
「何でって……お前が昨日最後の一個を食べたからだろう?」
「そうだったの? だったらコンビニ行って買ってきてくれない? ストロベリー味の、濃厚なやつね」
もしもし藍華さんや、それってもしかしなくても、高いやつじゃありませんかね?
しかし可愛い義妹に甘えられる(決してパシられているわけじゃない)のは悪い気がしない。俺は言われた通り、コンビニにアイスを買いに行くことにした。
折角コンビニに足を伸ばしたんだ。頼まれたアイス以外にも、何か買っていくとしよう。
藍華はスナック菓子をあまり好まない。その代わり、チョコレートのような甘い菓子を好む傾向にある。
半月前から冷蔵庫の最上段を占領し始めたチョコレートの袋を見れば、それは明らかだ。
アイスの他に適当なチョコレート菓子と、喉が渇いたのでジュースを購入した為、気付けば千円以上の出費となっていた。
アイスが溶けてはいけないと思い、俺は急いで自宅に帰る。
自腹を切って買った高いアイスクリーム。それを美味しそうに頬張る藍華の姿を想像するだけで、早くも胸がいっぱいになってくる。
小中とろくに女子との交流はなく、高校に進学して心機一転しようと息巻いたところで、それは変わらない。
最近した女子との会話なんて、隣席の子に「先生が呼んでいたよ」と伝えただけ。要するに業務連絡だ。
そんな報われない人生を送ってきたからこそ、神様は俺にご褒美をくれたのだろう。きっとそうに違いない。
「ただいまー。ご所望のアイス買ってきたぞー」
俺が帰宅しても、藍華から「おかえり」は返ってこない。藍華はスマホで通話中だった。
「次の日曜日なんだけどさ、私水族館に行きたいな。イルカショーとか、めっちゃ観たいんだけど」
友達と日曜日に遊びに行く予定を立てているのかな?
しかし水族館なんて、よくもまぁ友達と行く勇気があるよな。あんなのリア充の溜まり場じゃないか。
知ってるぞ。世のカップルたちは、深海魚コーナーの暗闇を利用してエッチなことをするんだろ(完全な偏見である)?
「そうだね、わかった。じゃあ、また日曜日に。モーニングコールしてあげるからね」
通話を終えた藍華に、俺は話しかける。
「電話か?」
「盗み聞きとかあり得ないんですけど」
「聴かれたくないなら自分の部屋で電話しろ。……日曜友達と水族館行くのか?」
「ううん。友達じゃなくて彼氏と」
……は? 彼氏だと……?
どういうことだ? 一つ屋根の下で義兄妹として生活し始めて早半月、藍華に男の影なんて一切なかったぞ?
しかし藍華が言うのなら、本当に彼氏がいるのだろう。
どうやら俺の待ち望んだラブコメは、始まる前に終わっていたようだ。
◇
「臨時義兄妹会議を始める」
「え? 臨時……何だって?」
臨時義兄妹会議。文字通り、有事の際に開かれる俺と藍華の話し合いの場だ。
因みに俺の独断で催され、今回は記念すべき第一回である。議題内容を踏まえると、全然嬉しくないけど。
「早速聞きたいんだが……お前の彼氏って、どんな奴なんだ?」
「は? どうしてお兄ぃにそんなこと教えなきゃいけないの?」
「俺はお前の兄だぞ? ポッとでの彼氏がどんな奴か知る権利がある筈だ」
「ポッと出って……付き合い始めたの、お兄と兄妹になる前なんだけど」
話を聞くと、藍華が彼氏と付き合い始めたのは半年以上も前らしい。俺と藍華が初めて会ったのは半月前だから、実に五ヶ月半も出遅れたことになる。チッ!
「大事なのはどれだけ長い時間一緒に過ごしたかじゃなくて、どれだけ濃密な時間を過ごしたかだろ? 俺と藍華は義兄妹として、同じ家で過ごしている。彼氏にも負けてない筈だ」
「いや、そんな風に張り合われても困るんですけど。あと私と彼、既にキス済ませてるから。濃密さでも完敗だから」
「ぐふっ!」
敗北という結果より、藍華のファーストキスが既に奪われていた事実に俺は大ダメージを受けた。名も知らぬ藍華の彼氏よ、頼むからこれ以上俺を苦しめるな。
「まぁ、良い。それより本題に戻ろう。……改めて聞くけど、お前の彼氏ってどんな奴なんだ?」
「どんな奴って言われても……普通の男の子だよ。ちょっとカッコ良くて、モテモテで、学年首席でスポーツ万能な」
え? 今日日そんなチート男子学生を普通扱いするの? どこの異世界なの?
お前の超ハイスペック彼氏が普通認定されるとしたら、俺は普通以下のゴミクソ人間になっちまうじゃないか。
「あとは、優しい性格かな。デートの最中も私が疲れていると、さり気なく休憩を取ってくれるし」
「俺だってお前を気遣ってるぞ? 一昨日はあの日だったみたいだから、イライラさせないよう努めた」
「……死ね」
気遣える男アピールをしたつもりが、めっちゃ軽蔑された。
「お兄ぃって、彼女とかいたことないでしょ?」
「自慢じゃないけど、女友達すらいない。もっと言えば、お前以外に普通に会話出来る女子はいない」
「マジで自慢じゃないね! ……ったく。そういうデリカシーないところを直して、もうちょっとおしゃれを意識したら、結構カッコ良くなると思うのに。素材は良いのに、勿体ない」
「いきなりカッコ良いとか言うなよ。照れるだろ」
「都合の良い部分だけしか聞こえないのね」
そうなのだ。俺の耳は大変優れており、都合の良いことだけ聞き取って、都合の悪いことはシャットアウトする仕様になっているのだ。
友人たちからは、「お前の耳、羨ましいよ」としばしば言われる。無論、皮肉を込めて。
藍華の彼氏がどんな奴なのか? どうやって出会い、交際するに至ったのか? そういったことも重要だけど、それ以上に聞かなければならないことがある。
でもその問いかけをしてしまえば、恐らく後戻りは出来ない。俺の思い描いていた義妹とのラブコメはバッドエンドで完結する。それでも――
俺は大切な義妹の為、核心を突く質問を投げかけた。
「藍華は……その彼氏のことが好きなのか?」
「それは……だっ、大好きです」
答えると同時に、藍華の顔がカァーッと赤くなる。
俺から目を逸らしたかと思うと、すぐに両手で赤くなった顔を覆い隠した。
その仕草を見て、俺は理解する。
あぁ。藍華は本当に、彼氏のことが好きなんだな。
俺が藍華と結ばれることはない。藍華とのラブコメが始まることは、もうない。
彼氏になれないのなら、せめて兄としてある大切な義妹の恋を応援するとしよう。
◇
藍華が日曜日彼氏とデートということで、俺は彼女を連れ出して近くのショッピングモールに来ていた。
目的は明日のデートの準備であり、決して疑似デートを画策しようだとか、そういう下心はない。……これっぽっちしかない。
「洋服なら沢山持ってるし、今更新しいのなんて買う必要ないって」
「そんなことないぞ。男はデートの為だけにあつらえた洋服に弱いものなんだ。「この服、今日の為に買ったんだ」なんて言われたら、大抵の男はイチコロだ」
「それ、どこ情報?」
「アニメとギャルゲー」
「それ、最も頼りにならないソースじゃん。現実とフィクションは違うから」
そんな感じで最初は文句を言っていた藍華だったが、俺が洋服代を全額出してやると言うと一転、「お兄ちゃ〜ん、あのワンピースが欲しいな〜」と手のひらを返してきた。まったく、現金な奴だ。
そうやっておねだりする姿も可愛いんだけどね。
俺の思っていた服より金額が一桁程多いブランド物だったけど、それで藍華が幸せになれるのなら、多少の懐の寒さは我慢するとしよう。
俺は向こう一週間の昼食を犠牲にして、藍華にワンピースを買ってあげた。
会計をしている時、店員さんから「彼女さんへのプレゼントですか?」と聞かれた。
藍華が近くにいないのを良いことに、俺は「はい」と答える。んん〜っ、なんとも言えない優越感!
丁寧にラッピングされたワンピースを片手に、俺は店の前で待っていた藍華のところへ戻る。
「藍華、お待たせー……って、どうした?」
俺が声をかけても、藍華からの返事はない。それどころか、俺の声が聞こえていないみたいだった。
放心状態になりながら、信じられないといった顔つきである一点を凝視している。
藍華の見つめる方向に目を向けると……仲睦まじくパフェを食べさせ合っている男女の姿があった。
「おーおー、お熱いね。周りの目があるっていうのに、よくもまぁあんな恥ずかしい真似が出来るってもんだ。……知り合いか?」
「男の方はね。知り合いっていうか、彼氏」
…………ヤベェ、聞くんじゃなかった。
意図せず地雷を踏んだ俺は、藍華に何て返して良いのかわからなかった。
あの男が本当に藍華の彼氏だとして、それじゃあ女の方は? はたから見たらイチャイチャしているようにしか見えないし、そうなると二人の関係性も自ずと限られてくる。
しかしもし本当に恋人同士だというのなら、藍華はあの男にとって何なのかという疑問が残る。
それでも、もしかしたらという可能性もあるわけで。俺は藍華の為、その可能性に賭けてみることにした。
「いや、まだ浮気と決まったわけじゃないだろ? 彼氏彼女以外にも、一緒にショッピングモールに来るような関係性は沢山ある。現に俺たちだってこうして、義兄妹で買い物に来てるわけだし」
「でも、キスしてるよ」
あっ、本当だ。あの彼氏、藍華というものがありながら他の女とキスしてやがる。しかもその後で、紅潮した女のほっぺをツンツンって。
これはもう、有罪だ。現行犯で死刑だ。
自分の大好きな彼氏が他の女とキスをしている場面に遭遇して、目撃して、平気でいられるわけがない。
「買い物になんて、来るんじゃなかった」
藍華は涙をこぼしながら、この場から逃げ出した。
◇
買い物から帰ってからというもの、藍華は自分の部屋にこもってしまった。
藍華の大好きなストロベリーのアイスを買ってきても(例の如く高いやつだ)、彼女の部屋の扉は開かない。さながら天岩戸に閉じこもった天照大神のように、彼女は俺たちとの関わりを完全に断ってしまっていた。
「藍華ー、ご飯だぞー」
流石に晩飯は食べないと体を壊してしまうので、俺は藍華の部屋の扉をノックして、彼女に呼び掛け続けた。
返事の代わりに返ってきたのは、グスングスンと彼女が涙ぐむ音だった。
「……悪い。入るぞ」
トイレやお風呂じゃあるまいし、部屋の扉にまで鍵はかかっていない。それでも入らなかったのは、人としての礼儀だ。
しかし藍華が泣いているのならば、話は別だ。人としての礼儀? そんなもん知ったことか。
礼儀なんかより、義兄として義妹を心配する気持ちの方が遥かに勝る。
俺は許可を待たずして、藍華の部屋に乗り込んだ。
「お兄ぃ……」
「藍華……泣いているのか?」
「だって、だってぇ……」
それ以上言葉は要らない。だけど俺がすべきことはわかっている。
俺は藍華の机の引き出しから、ハサミを持ち出した。
「って、ちょっと、お兄!? ハサミなんて持ってどこ行く気!?」
「どこって、浮気したクソやろーのところに行くんだよ」
「そんなことしなくて良いから! 本当、何もしなくて良いから!」
そう叫ぶと、藍華はえんえんと泣き出す。泣きじゃくる義妹を、俺は放っておけなかった。
俺は藍華のそばに寄ると、彼女の頭にそっと手を乗せる。
「藍華、ごめんな」
「別に。お兄ぃは悪くないじゃん」
そう、俺は悪くない。そのことは、俺も藍華もわかっている。
仮に藍華の彼氏が別の女とキスしている光景を目撃しなかったとしても、それは知らないという結果で済むだけ。彼氏が浮気していたという事実は変わらない。でもーー
「俺が買い物に行こうだなんて言い出さなければ、藍華が浮気のことを知ることはなかった」
悪いのは彼氏だ。でも、藍華を泣かせる原因を作ったのは、俺に他ならない。だから藍華に対する罪悪感が、俺の中から消えなかった。
「私、バカだよね。「君が世界一可愛い」なんていう口説き文句に騙されて、あんなクソヤローと付き合っちゃうなんて。絶対にどうかしてた」
「恋は盲目って言うし、仕方のないことだろ? 逆に悪い夢から覚めることが出来て良かったって考えるべきじゃないか?」
「そうかな? でも悪い夢から覚めたって、もう二度と良い夢には戻れないよ。こんなバカな女を好きになってくれる男の子なんて、きっといないから」
「そんなことはないぞ。少なくともここに一人、藍華に惚れている男がいる」
気付くと俺は、そんな愛の告白を口走っていた。
当人すら意図していない告白を受けて、藍華は「え?」と驚きを隠せずにいる。
「お兄ぃ、今私のこと好きって……」
「言ってない」
「いや、絶対に言ったし!」
「言ってない! 惚れていると言っただけだ!」
「それ同じ意味だから!」
うん、知ってる。
雰囲気もクソもない告白をなかったことにしたくて、誤魔化そうとしただけだ。
しかし一度口から出してしまったセリフを引っ込めることなど出来ず、俺の告白は確かに藍華の心に届いていた。
「取り敢えず、お友達から?」
「友達どころか、もう義兄妹なのにか?」
「そうだね。じゃあ――義兄妹以上恋人未満の関係ってことで」
藍華に彼氏がいると知ったあの時、俺のラブコメは終わったんじゃない。まだ始まってすらいなかったのだ。
今この瞬間こそ、ようやく訪れたプロローグで。
やっぱり、義妹こそが最高のヒロインだな。藍華を見つめながら、これだけは断固として譲らないと心に誓うのだった。