第25話 秘仏
神の姿は見る事は出来ないが、仏の姿は見る事が出来る。
……だが。
その姿を見せる事なく、秘める事がある。
「呪いを返すには、同じ神仏の力を使った方がいいってな……なあ……そうだろう? 親父」
やはり……この男が回向の父親。
燃え上がるように真っ赤に染まった灯籠の明かりが辺りを照らし、男の顔が見えた。
何の感情も見せない、冷酷にも思える表情。
照らされるその姿は、回向とよく似た赤茶色の髪を一つに束ねていた。
「もう……隠れる必要もなくなったか、回向」
「よく……その名を口に出来るな。その意味さえ……踏み付けているというのに」
回向は、錫杖を持つ手に力を込め、険しい顔を見せた。
「だからこそお前は、私と同じものを持つ事はないと思ったのだがな」
「羽矢に掛けた呪いを解け。でなければ、呪いを返す」
「明かそうとするからだろう。同じものを持ったと言うのなら、知らないとは言わせないぞ。時を経て開扉する事も許さず、これは……」
回向の父親は、目を閉じたままの羽矢さんをちらりと見ると、強い口調で言葉を続けた。
「絶対に開扉しないものだ」
その言葉を聞くと羽矢さんは、強気に笑い返して口を開く。
「開扉出来なくなっただけだろ……確かにこのままでは開扉など永遠に出来はしないだろうな。そもそも開扉しても現した姿は、その身さえ、布に包まれたままだった。拝む事は叶わなかったよ。流石にその光明は大きくて、覆い隠せないようだったがな」
羽矢さんは、蓮の肩からゆっくりと手を離す。
「羽矢……無理するな」
「大丈夫だ、蓮」
羽矢さんは、蓮から離れ、自力で立つと言った。
「そういった様を踏まえると、どうやら……開眼は済んでいたようだな。まあ……そうでなければ、光明が溢れる訳もないが」
開眼……魂入れだ。仏の像を移動する際に、魂を抜き、そして再度、魂を入れる。
羽矢さんは、ははっと静かに笑うと言葉を続けた。
「どうにも辿り着く答えは同じであるはずなのに、俺と違ってそちら側には秘密が多い……まあ秘仏とするのも頷ける話だが。やはりそれは……今の置かれた状況に倣っての事なのか?」
「……どういう意味かな」
「どういう……? 見ての通りを言っているんだよ。神の姿は見る事は出来ない、本殿の扉は閉じられたままだ。それでも祭祀の際に開扉する事はあっても、神の姿は見えはしない。だが、そうだな……」
羽矢さんは、地を踏み締めるようにゆっくりと歩を進めた。
蓮がいつでも羽矢さんを支えられるようにと、側につく。
「依代となる神体を『お前立ち』とするならば、見えない姿の中にある、見えない姿の『身代わり』に出来るという事なのかな……?」
羽矢さんの言葉に、回向の父親は眉を顰めた。
……羽矢さん。
視覚に頼れない状態であるというのに、まるで見えているみたいだ。
相手の僅かな心の動きまでも、読み取れているようだった。
羽矢さんは、目を閉じたまま、ニヤリと口元を歪めると、口を開く。
「そちらが秘めると言うのなら、こちらは全てを開示する」
そして、穏やかにも笑みを見せて、羽矢さんはこう言った。
「俺……『無量』なんで」