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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第三章 天と地
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第24話 強剛

 捲れた衣の袖から見えた、不動明王の種子字。

 僕は、その腕を掴んだまま、答えを導いていた。

 本殿の方は光で満ち溢れているのに、拝殿の外までは行き渡らない。

 明暗を分けたこの場で、その顔は影に包まれ、見えなかった。

 拝殿へと向かったんだと思った、回向と高宮の姿も見えない。

 ここに向かったのに……何故いない……。


 考えたくもない事が、次々に浮かぶ。


 真意が見えたとはいえ、彼らが言っていた言葉。


『後悔しないで下さいね……?』

『私が何をしようとも、裏切りにもならない訳ですから』

『殺すかもしれませんよ』

『冥府の番人、死神も簡単に気を許す』

『その目を俺の為に犠牲にする事も、悪くはない……な』


『僅かな隙でも見せれば奪われる』

 ……奪われる。


 悔しさが募って、腕を掴んだ手に力を込めた。

 逃がさない。

 絶対に離さないと更に強く腕を掴む僕の力に逆らって、手が動く。

 ……また逆手を打つのを続ける気か。


 必死になる僕。低い男の声が、笑みを交えた声で流れる。

「……見せる訳にはいかないのですよ。特に……冥府の番人にはね……」

 見せる訳にいかない……だから羽矢さんの目を……。

 掴んだままの僕の手までもを巻き込んで、逆手を打とうとする。

 ……ダメだ……力に負ける。


 焦りを感じると手に汗が滲み、余計に力に負けそうになる。

 絶対に逆手を打たせはしないと、僕は動く手を掴み続けるが、相手が合わせようとする手と手の距離が縮まっていく。

 ……まずい。

 恐らく、逆手を打つのは四回……。

 東西南北……四方を固める結界を張る気だ。そうなったとしたら、この男が完全に優勢になる。

 掴んだままの僕の手など構わず、三回目の逆手が打たれる。

 まずい……後一回……。


 抑え切れない……!


 そんな思いが僕を襲ったと同時に、ヒュッと空へと伸びていく大きな音が響いた。

 視線が音に反応する。

 この音……鏑矢(かぶらや)……。

 その音を耳にすると、諦めを見せたように、男の手の力が緩んだ。

 だが、それは負けを認めたのとは違う。

 ふふっと、余裕にも笑った声が聞こえたからだ。

 もう逆手を打つ気はないと、僕の手を振り解く。


「合戦開始の合図か? 右京。それとも……」

 ……高宮。

 弓矢を手にした高宮が、男を見据えていた。

「射るべき的が決まったか?」


「……そうですね……」

 高宮の声がゆっくりと流れた。


「あんたを誘き寄せるには、払った代償が大き過ぎる」

 錫杖の遊環がシャランと音を立てた。

 回向……。

 高宮の隣に立つ回向は、僧侶の衣を着ていた。


 蓮の肩を借りながら、羽矢さんも拝殿へと戻って来た。

 回向の目が羽矢さんへと動き、辛そうにも表情を歪めたが、直ぐに男へと目線を戻した。


 あの時、回向が迷いを見せていたのは、こうなる事の決心がつかなかったからだと分かった。

『だったら全てを明かせばいい』

『羽矢……もう少しだけでいい……もう少しだけ……』



「だが……この時を待っていたよ。あんたならよく分かっているはずだ」

 回向はそう言うと、片手を上げた。

 衣の袖が下がって見える、男と同じ不動明王の種子字。

 回向は、男をじっと見据えると、強い口調で言い放った。


 参道に並ぶ灯籠の明かりが、燃え上がるように真っ赤に染まる。

 その色を背負うように立つ回向の目までを、赤く染めるようだった。



「呪いを返すには、同じ神仏の力を使った方がいいってな……なあ……そうだろう? 親父」

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