第24話 強剛
捲れた衣の袖から見えた、不動明王の種子字。
僕は、その腕を掴んだまま、答えを導いていた。
本殿の方は光で満ち溢れているのに、拝殿の外までは行き渡らない。
明暗を分けたこの場で、その顔は影に包まれ、見えなかった。
拝殿へと向かったんだと思った、回向と高宮の姿も見えない。
ここに向かったのに……何故いない……。
考えたくもない事が、次々に浮かぶ。
真意が見えたとはいえ、彼らが言っていた言葉。
『後悔しないで下さいね……?』
『私が何をしようとも、裏切りにもならない訳ですから』
『殺すかもしれませんよ』
『冥府の番人、死神も簡単に気を許す』
『その目を俺の為に犠牲にする事も、悪くはない……な』
『僅かな隙でも見せれば奪われる』
……奪われる。
悔しさが募って、腕を掴んだ手に力を込めた。
逃がさない。
絶対に離さないと更に強く腕を掴む僕の力に逆らって、手が動く。
……また逆手を打つのを続ける気か。
必死になる僕。低い男の声が、笑みを交えた声で流れる。
「……見せる訳にはいかないのですよ。特に……冥府の番人にはね……」
見せる訳にいかない……だから羽矢さんの目を……。
掴んだままの僕の手までもを巻き込んで、逆手を打とうとする。
……ダメだ……力に負ける。
焦りを感じると手に汗が滲み、余計に力に負けそうになる。
絶対に逆手を打たせはしないと、僕は動く手を掴み続けるが、相手が合わせようとする手と手の距離が縮まっていく。
……まずい。
恐らく、逆手を打つのは四回……。
東西南北……四方を固める結界を張る気だ。そうなったとしたら、この男が完全に優勢になる。
掴んだままの僕の手など構わず、三回目の逆手が打たれる。
まずい……後一回……。
抑え切れない……!
そんな思いが僕を襲ったと同時に、ヒュッと空へと伸びていく大きな音が響いた。
視線が音に反応する。
この音……鏑矢……。
その音を耳にすると、諦めを見せたように、男の手の力が緩んだ。
だが、それは負けを認めたのとは違う。
ふふっと、余裕にも笑った声が聞こえたからだ。
もう逆手を打つ気はないと、僕の手を振り解く。
「合戦開始の合図か? 右京。それとも……」
……高宮。
弓矢を手にした高宮が、男を見据えていた。
「射るべき的が決まったか?」
「……そうですね……」
高宮の声がゆっくりと流れた。
「あんたを誘き寄せるには、払った代償が大き過ぎる」
錫杖の遊環がシャランと音を立てた。
回向……。
高宮の隣に立つ回向は、僧侶の衣を着ていた。
蓮の肩を借りながら、羽矢さんも拝殿へと戻って来た。
回向の目が羽矢さんへと動き、辛そうにも表情を歪めたが、直ぐに男へと目線を戻した。
あの時、回向が迷いを見せていたのは、こうなる事の決心がつかなかったからだと分かった。
『だったら全てを明かせばいい』
『羽矢……もう少しだけでいい……もう少しだけ……』
「だが……この時を待っていたよ。あんたならよく分かっているはずだ」
回向はそう言うと、片手を上げた。
衣の袖が下がって見える、男と同じ不動明王の種子字。
回向は、男をじっと見据えると、強い口調で言い放った。
参道に並ぶ灯籠の明かりが、燃え上がるように真っ赤に染まる。
その色を背負うように立つ回向の目までを、赤く染めるようだった。
「呪いを返すには、同じ神仏の力を使った方がいいってな……なあ……そうだろう? 親父」