第23話 汎神
『全ては神の一部であり、神の存在無くしては何の存在も成り立たず、一切は神と同一である』
一つに纏まった光は、とても眩しくて、それでいて、目を細める事などない柔らかな光だった。
光明遍照……全ての界に遍く光を照らす。
闇の中で抱える不安も、光の中では消えてなくなる。
ただ一点を見つめる僕たちだったが、パンと拍手を打つ音に振り向いた。
拍手……拝殿の前に誰かいる。
この時間に参拝……そうだとしたらまた怨念が……。
そう直ぐに思ったが、その音に誰よりも先に動いたのは回向だった。
拝殿へと向かう回向の後を、高宮が追った。
「追わなくていいのか、羽矢」
「……ああ」
回向が向かった拝殿の方を見つめる羽矢さんに、蓮が並んだ。
「羽矢。お前に本気で警告する」
蓮のその言葉に、羽矢さんは蓮へと目線を向けた。
「あの音……弾けるように高く響いていない。『逆手』だ」
……逆手。
確かに蓮が言ったように、あの音は響いてはいなかった。
拍手を打つにしても、それを逆手に打つとしても、願いを成就する為のものだ。
それでも……逆手は……。
「逆手……」
蓮の言葉を呟く羽矢さんは、拝殿の方へと目線を変えた。
蓮も羽矢さんと同じ方向を見ながら、こう言った。
「ああ。呪いが掛けられたぞ」
「……そうか」
蓮の言葉にも羽矢さんは冷静だった。
「それじゃあ……」
羽矢さんは、穏やかな笑みを見せて、蓮を振り向くと言った。
「油断したな」
蓮を振り向いたはずなのに……。
蓮と目線が合っていない。
「……羽矢……さん……」
「うん? なに、依。消え入りそうな声出して。俺の事なら心配な……い」
僕の方へと向こうとして足を動かした羽矢さんが、ふらりとよろめいた。
「おい、羽矢!」
バランスを崩した羽矢さんを、蓮が直ぐに支える。
「……お前……まさか目が……」
……目。
『投げ出された仏の像を目の前に、自らの手で仏の目を刳り貫けと迫られたら……お前は出来るか?』
『もし……お前の目を刳り貫けと迫られたら、俺は……俺の目を刳り貫くよ』
『その目を俺の為に犠牲にする事も、悪くはない……な』
胸騒ぎが大きくなっていく。
蓮の肩を借りる羽矢さんは、ふっと苦笑した。
「見えないのか……? 羽矢」
「……そのようだ。なあ……蓮」
「なんだ?」
「まだ……光はあるか?」
「ああ……あるよ」
「……そうか」
羽矢さんは、そう呟いて静かに笑った。
光があれば闇は消える。だが……闇には実体がない。ないものをあるというのは……。
なのに……光がそこにあっても、羽矢さんの抱えた闇は消えない……。
……そんな……。
僕は、回向を追い掛けた。拝殿に行けば、何か分かるはずだ。
「依……!」
蓮の声を背中で聞きながらも、僕は拝殿へと走った。
賽銭箱の前の人影に気づき、足を止めた。
……賽銭箱。
賽銭……。
賽銭の賽は、河原の事だ。地獄と下界を隔てる賽の河原だ。
そして神域と下界の境界……。
頭の中で、様々な言葉を並べる僕だったが、人影が動いた事に目を見張った。
パンとまた、手を叩く音がした。
……やはり逆手だ。
このまま続けられたら……。
人影が、更にまた手を動かそうとした。
僕は、その人影へと走り、逆手を打つ前にその手を掴んだ。
「……っ!」
捲れた衣の袖から見えた腕に、刻まれた種子字……。
『これをその身に刻んだのは、お前が進むと決めた道を変えるつもりはないからだろう?』
不動明王の種子字だ。