第13話 煩慮
「地獄に落とせ」
蓮の声が冷ややかに放たれた後、ズンと重い圧が全身に伝わり、体が沈んだように感じた。
だがそれは一瞬の事であり、実際に沈んだ訳ではなかった。
その圧力は、符へと向かっていた。
炎を抑え込みながら、符が沈んでいく。
「門を開けろーっ……! 羽矢!」
蓮の声が響く。
「任せろ、蓮!」
『藤兼家の存在は、紫条家にはなくてはならない存在だからな』
当主様が言っていた言葉の本当の意味……。
羽矢さんの手が大きく動いた。
地を切り裂くように振られた大鎌。
地鳴りが、地の底から湧き上がってくる。
音が次第に大きくなり、互いの声が聞き取れないくらいの轟音になると同時に地が割れた。
大きな口を開けた地が、炎を押さえつけている符まで飲み込んでいく。
符が全て飲み込まれると、羽矢さんが口を開けた地に向かって飛び降りた。
躊躇う事なく回向が後に続き、高宮が追う。
「依……!」
蓮の手を取られ、共に飛び降りる。
僕たちは、開いた空間に吸い込まれていくように落ちていく。
途中、何枚かの符を追い越したが、直ぐに僕たちを追い越して落ちていった。
降り立つ足場が確認出来ると、僕は辺りを見回した。
ここは……。
「……藤兼……」
重さを持った低い声がゆっくりと流れる。
パラパラと紙を捲るような音が微かに聞こえた。
「名に相応しく、務めを果たせたか」
心の底までも覗くように、閻王の目が羽矢さんへと向いた。
……閻王。
閻王が捲っていたのは鬼籍だった。
閻王の言葉に、羽矢さんは答えなかった。
羽矢さんの手元へと鬼籍が移る。
羽矢さんは、鬼籍を開くとパラパラと捲った。
鬼籍には名が記されている。
鬼籍が戻ったんだとホッとした僕だったが、蓮も羽矢さんも、表情が険しい。
蓮と羽矢さんは顔を見合わせると、気鬱そうに息を漏らした。
羽矢さんは、何か考えている様子だったが、考えが纏まったのか、閻王へと強い目線を向けた。
「閻王」
閻王の目がジロリと動く。
羽矢さんが口を開こうとしたと同時に、閻王の声が先に響く。
「関わりは……必然、か? よかろう、可とする」
閻王のその言葉に、羽矢さんはふっと笑みを漏らした。
その様子に回向は、高宮と顔を見合わせてホッとしたように息をついた。
回向と高宮にも立ち入りが許されたんだ……。
羽矢さんは、鬼籍を閻王へと差し出す。
羽矢さんの手から閻王の手へと鬼籍が移ると、閻王はまた鬼籍をパラパラと捲った。
閻王は、何度か鬼籍を捲るのを繰り返すと、鬼籍に目を向けたまま口を開く。
閻王の様子も、何か不満があるようだった。
「但し……藤兼。分かっているな?」
多くを語る事のない閻王でも羽矢さんは、閻王が何を求めているのかを理解している。
「無論」
閻王の目が、また羽矢さんをじっと捉えた。
閻王のその目線は、自分の意向を羽矢さんに答えさせるようだった。
「閻王の手にあるからこその鬼籍。その記録に基づき、裁きが行われる……だが、その魂は裁かれる事なく道が決まっていた」
羽矢さんは、淡々とした口調で言葉を続けた。
「神号は既に与えられ、神への道を約束されている人神。それは、神号の確立を決定付けられ、神に取り込まれた眷属神……慈悲ある正体を隠し、表立つ神の力を指し示す。それは、完全なる……」
羽矢さんの言葉が流れる中、回向の手がギュッと握られた。
「廃仏」