第5話 御霊
『明らかなるものは上部に落ち着き、暗くも濁ったものは下部へと落ち着く』
はっきりとした蓮の声が響く。
「さあ……開闢だ」
蓮の表情には笑みが浮かんでいて、何の不安もない堂々とした佇まいが、これから起こる事に対しての自信を見せていた。
上部に落ち着いたものは天となり、下部へと落ち着いたものは地となった。
仏の道が開かれるより以前からあった、神への信仰。
神は仏の化身だと、同一視されていた神仏混淆。
だが、神仏分離で神と仏は分けられた。
それは人の手によっての事だ。
……ああ……そうだ。
僕は、辺りを見回した。
『この山に眠る依代は、数にして百八十八……』
……依代。
確認するように浮かんだ言葉に、回向が言った言葉が重なった。
『ここは神域。社殿の必要はない。必要なのは、依代と、そこに宿らせる魂だけ』
神を宿らせる為の依代なのだから、依代を必要とするのは神であり、その依代に神が宿れば、それが神体となる。
寺院に置かれる本尊は、秘仏でない限り、その目で姿を見る事が出来る。
だが、神社に祀られる祭神は、その姿を見る事が出来ない。見る事が出来るのは、神が宿っているとされるものだ。
……開闢。
天と地が分かれし時、神が生まれた。
神という御霊が現れたんだ。
全ての界より誘し出でる、神という名をもって降り立つ式神。
柊の言葉が浮かんだ。
『化作されたものに本来の姿を問うのは可笑しな事……』
……化作。
回向は……だからあんな事を言ったんだ。
『仏は祟らないが、神は祟る。その思想は、祟るという言葉だけに執着し、それが術だとその力を利用する。あの神木は、廃仏毀釈が起こった場所にあったものだと、その神木を移された神社は、怨みを晴らす事に力を貸してくれる……そう都合のいい解釈を押し付けたんだ』
今まで耳にした言葉が、頭の中で弾けていく。
元より神と仏が併存していた神域と呼べる大霊山。
この山には霊魂があった。
神と仏が併存しているという中で、人神があるという事。
怨霊信仰。悪霊崇拝。
……御霊。
開けた視界に、無数の依代が光って見えた。
姿などない。形などない。
だからこそ、そこにある依代に力を宿す。
『そもそもが怨念を鎮める為に祀るものだろう』
そう……怨念を鎮めて祀る……。
それは怨霊信仰そのもので、怨念を鎮め、祟りを免れる為に御霊と呼び、敬う。
そしてそれは、羽矢さんが言っていたように、神号を与えられて神となったものであり、そこに神格を結びつけ、その神が持つ性質を合わせて、鎮護の神とするものだ。
だがこれを利用して、鬼神、または祟り神とする事が可能なら、災いなど避けようもない事だ。
『親父は……その術を知っているんだからな』
その術とは……。
ああ……そうか。
だから……回向と高宮なのか。
僕は、気づきを得ると、回向と高宮へと視線を向けた。
回向は、錫杖を持つ手に力を込めている。
その真剣な眼差しを、高宮がじっと捉えていた。
神道の祝詞を元に、仏教の声明の影響を受け、験者に受け継がれたもの。
神仏混淆であったからこそだ。
それは……。
神と仏に対して発せられる願文。
『祭文』だ。