第2話 法身
大日孁貴神……仏の姿なら大日如来。
その言葉を聞いて、僕の目線が動くところは、当然のように回向が手にする仏の像だった。
だが、痛ましくも傷つけられたその像を見続ける事は出来なかった。
柊は既に知っているのだろうが、やはりこの仏の像を見て欲しくはない……そう思った。
「どうだ? 柊。それで橋は繋がるか?」
蓮は、柊に真っ直ぐに目線を向けながらそう言った。
……それで橋は繋がる……。
蓮が柊に言った言葉に柊が答えれば、繋がるという事を言っているのだろうか。
それは柊の正体……いや。そうじゃない。
「確かに……父上の協力なしでは橋に近づく事さえも出来ないだろう。全ては実体のない空であり、あるはずのものがそこにはない。そうであっても、ないものをあると認識するのは、やはり無知というものだ。そうだろう?」
……蓮。
蓮の言葉に羽矢さんが、静かに頷いていた。
僕は、目線を柊へと戻した。
柊は、蓮をじっと見つめ、その表情はうっすらと笑みを湛えている。
「蓮様……」
柊は、笑みを浮かべながら、ゆっくりと瞬きをする。再度、開けた目は、また蓮をじっと捉え、少し間を置いて答える。
「化作されたものに本来の姿を問うのは可笑しな事……その像も……人の手によって作られたものではありませんか。何を以て本来の姿を問おうとするのでしょうか……と、わたくしはお答え致しましょう」
そう言い終えると柊は、蓮の真意を問うようにクスリと笑みを漏らした。
蓮は蓮で、ニヤリと笑みを返すと口を開く。
「ふん……それが『完成されたもの』であるとは言えないな? 柊……だが」
蓮の言葉が続く。
「それも『自性』か」
蓮のその言葉に、柊は満足そうな顔を見せた。
「流石は蓮様。そうでなければわたくしは……」
柊の手が、そっと揺れるように動いた。
「あ……」
声をあげたのは回向だった。
その声に振り向くと、回向が手にしていた仏の像が消えていた。
驚いた様子で硬直する回向に、羽矢さんが心配するなと言うように回向の肩をポンと叩き、言葉を待つように柊へと目線を向けた。
柊は、皆の視線を受けながら、瞬きもせずにこう答えた。
「作られたものでもなく、作り変えられたものでもないと言えはしませんから」
柊の言葉を聞くと蓮は、そっと目を伏せ、静かに笑みを漏らした。
「……分かった、柊」
そう呟くように答えた蓮は、僕を振り向き、穏やかに笑みを見せる。
……蓮……。
僕に向けた蓮の笑みが、なんだか切なく感じて、胸が震えた。
だけど……。
確かに蓮が言った通り、これで橋は繋がるのだろう。
それは真理であり、それが法身となって全てのものの根源であると位置付ける。
法身に姿を象る事は出来ない。目に見る事も、触れる事も出来ないものだ。
だが、その存在を目に捉え、触れる事が出来る姿形を象ったとして、その姿形が消えたとしたら、消えた姿は何処に行ったというのか……。
蓮が答える。
「それは……」
蓮は、回向を振り向き、その手から消えた仏の像を思い浮かべるように手元を見た。
続けられる言葉は、はっきりとした口調で。その瞳は、蓮が蓮だという自性を強く伝えている。
揺れ動く事はない、真っ直ぐな思いが蓮の持つ真理なのだろう。
「作られる事もなく、作り変えられる事もないという事だ」