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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第三章 天と地
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第2話 法身

 大日孁貴神おおひるめのむちのかみ……仏の姿なら大日如来。

 その言葉を聞いて、僕の目線が動くところは、当然のように回向が手にする仏の像だった。

 だが、痛ましくも傷つけられたその像を見続ける事は出来なかった。

 柊は既に知っているのだろうが、やはりこの仏の像を見て欲しくはない……そう思った。


「どうだ? 柊。それで橋は繋がるか?」

 蓮は、柊に真っ直ぐに目線を向けながらそう言った。

 ……それで橋は繋がる……。

 蓮が柊に言った言葉に柊が答えれば、繋がるという事を言っているのだろうか。

 それは柊の正体……いや。そうじゃない。


「確かに……父上の協力なしでは橋に近づく事さえも出来ないだろう。全ては実体のない(くう)であり、あるはずのものがそこにはない。そうであっても、ないものをあると認識するのは、やはり無知というものだ。そうだろう?」

 ……蓮。

 蓮の言葉に羽矢さんが、静かに頷いていた。

 僕は、目線を柊へと戻した。

 柊は、蓮をじっと見つめ、その表情はうっすらと笑みを湛えている。

「蓮様……」

 柊は、笑みを浮かべながら、ゆっくりと瞬きをする。再度、開けた目は、また蓮をじっと捉え、少し間を置いて答える。


化作(けさ)されたものに本来の姿を問うのは可笑しな事……その像も……人の手によって作られたものではありませんか。何を以て本来の姿を問おうとするのでしょうか……と、わたくしはお答え致しましょう」


 そう言い終えると柊は、蓮の真意を問うようにクスリと笑みを漏らした。

 蓮は蓮で、ニヤリと笑みを返すと口を開く。

「ふん……それが『完成されたもの』であるとは言えないな? 柊……だが」

 蓮の言葉が続く。


「それも『自性』か」


 蓮のその言葉に、柊は満足そうな顔を見せた。

「流石は蓮様。そうでなければわたくしは……」

 柊の手が、そっと揺れるように動いた。

「あ……」

 声をあげたのは回向だった。

 その声に振り向くと、回向が手にしていた仏の像が消えていた。

 驚いた様子で硬直する回向に、羽矢さんが心配するなと言うように回向の肩をポンと叩き、言葉を待つように柊へと目線を向けた。

 柊は、皆の視線を受けながら、瞬きもせずにこう答えた。


「作られたものでもなく、作り変えられたものでもないと言えはしませんから」


 柊の言葉を聞くと蓮は、そっと目を伏せ、静かに笑みを漏らした。

「……分かった、柊」

 そう呟くように答えた蓮は、僕を振り向き、穏やかに笑みを見せる。

 ……蓮……。

 僕に向けた蓮の笑みが、なんだか切なく感じて、胸が震えた。

 だけど……。

 確かに蓮が言った通り、これで橋は繋がるのだろう。

 それは真理であり、それが法身(ほっしん)となって全てのものの根源であると位置付ける。

 法身に姿を象る事は出来ない。目に見る事も、触れる事も出来ないものだ。

 だが、その存在を目に捉え、触れる事が出来る姿形を象ったとして、その姿形が消えたとしたら、消えた姿は何処に行ったというのか……。


 蓮が答える。

「それは……」

 蓮は、回向を振り向き、その手から消えた仏の像を思い浮かべるように手元を見た。

 

 続けられる言葉は、はっきりとした口調で。その瞳は、蓮が蓮だという自性を強く伝えている。

 揺れ動く事はない、真っ直ぐな思いが蓮の持つ真理なのだろう。


「作られる事もなく、作り変えられる事もないという事だ」

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