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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第二章 道と界
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第33話 中道

 羽矢さんの言葉に驚いていたが、頷ける話ではあった。

 確かに羽矢さんは、色々な事を知っている。

 羽矢さんが言ったように、神道を広めるにあたって、仏教者の力は借りたいところであっただろう。

 仏教の広がりが大きくなっていた事が、それを決定づけていた。

 それでも、神仏分離が成り立つと、その役目は終わり、神職者だけがその役を担った。


「お前、なんでそれを言っておかねえんだよ?」

 蓮は、不機嫌な顔を見せて羽矢さんに言った。

「 知っているのかと思っていた。総代から聞いた事なかったのか?」

「あったのかもしれないが……記憶にねえな」

「まあ、わざわざするような話でもねえしな。お前のところと俺のところが、深い付き合いだっていうのもそこからなんだけどね? 俺のところは寺院、お前のところは神社だろ。神仏分離が進んだ中で、それでも総代が神社と寺院の立ち入りが難なく出来るのは、そういう関係もあったって訳だ。まあ、本当のところは、神職者と仏教者で神道を広める為の協力体制がうまく出来てはいなかったようだが、総代だからそうなった後でも、関係性を保つ事が出来たんだろうな」

 そう答えた羽矢さんに、回向が口を開いた。


「だが……還俗して神職者になった者の不満は消えない。神職者である事が国に入れる(すべ)なら、それも受け入れるに難はなかっただけだ。ただ……」


 回向は、羽矢さんがした仕草と同じように、頂上へと目線を向けながら口を開いた。


「その隙間を……隙が出来るのを窺う機会にもなったって訳だからな」


 削られたような斜面。それが隙間が出来たように見える事に、その思いが重なるのだろう。

 回向は、更に目線を上げ、空を仰ぐと、言葉を続けた。

 その言葉は、羽矢さんが言っていた言葉と同じだったが、その後に続けられた言葉は、回向の切ない思いを伝えていた。


「光があれば闇は消える。だが、闇には実体がない。ないものをあると認識するのは無知というものだ。だけど羽矢……器はあるんだ。それでもその中にあるべきものがない。その器にあるべきものは誰がどう決めるという……そしてそれは本当に意味を持てるものだと言えるのか……?」


 朝日が目に眩しく、目を細める回向だったが、少しの間、空を見上げていた。

 ふと、羽矢さんが言っていた言葉が頭の中に流れた。


生死即涅槃(しょうじそくねはん)(くう)を説く』


 (くう)は空っぽという意味を持つ。

 それは森羅万象全てにおいても言える事であり、その森羅万象を器とする。

 その器の中にあるものは、目的も意味も持たず、そうであるからこそ中身がないといえるのだろう。

 そしてその中身に意味を持たせ、目的が定まれば、最大限にその力を使う事が可能だというつもりなのだろうか。

 だがそれは……。

 僕の目がちらりと羽矢さんに向いた。

 きっと羽矢さんは……。


 羽矢さんは、嘆息めいた深い溜息を漏らす回向に並ぶと、回向の肩にそっと手を置いて口を開いた。

 穏やかな表情を見せる羽矢さんの、はっきりとした声が流れる。

 その言葉を聞く回向は、目を伏せると深く頷いた。


「全ては因と縁によって生起し、消滅して流転変化する。諸行無常……そして諸法無我だ」

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