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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第二章 道と界
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第32話 無量

「……そんな話……」

 回向は呟くようにそう口を開いたが、言葉を続ける事なく苦笑を漏らした。

 だが、思うところはあるのか、何やら思い返しているようだった。

 少しの間を置いて、回向は深い溜息をつくと、苦笑を浮かべたままの表情で答える。

「そうだとしても……使い方を誤っている事は明らかだろう。自分は勝手に進んで行って、その後始末でもさせたいのかよ……そもそも功徳など積もうとも思っていないだろう。それでなんで俺が……俺に積ませているのは重荷だけだ。託されたって果たされる訳がない」

「お前に……その道を進んで欲しいからだろう」

「は……だったら尚更、無理な話だ……」

「違う。そうじゃない」

「……羽矢」

「お前の父親は、自分の為に善を積むような経を唱えなくていいと思っているはずだ」

「馬鹿な……」

「言っただろ。経典が何冊あると思っていると。それでも最終的に辿り着くのは、浄界への道筋だ。多くの中で何を使うかは、自分に当て嵌まるもので決まる事だろう。それがその者が持つ法力になる……それだけだ」

「……じゃあお前は……」

 回向は、ゆっくりと羽矢さんに視線を向ける。

 羽矢さんが言った言葉が気になっているのだろう。

 許された者だけが辿り着ける、と言った、その言葉が。

 設害三界一切有情せっかいさんかいいっせいゆうせい不堕悪趣(ふだあくしゅ)……か。

 捉え方によっては確かに危険だ。

 だからこそ、羽矢さんが言ったように、許された者だけが辿り着く事が出来る。

 だけど……羽矢さんは……。

 そこに辿り着く事が許されたんだとしても、羽矢さんの思いは変わらないだろう。


「ああ、俺? そもそも俺は『無量』だから」

 揶揄うような笑みを見せて、そう答えた羽矢さんを見る回向は、呆れたように息をついた。

「そうだよな……お前はいつだって……何があったって変わらない」

 羽矢さんは、回向の言葉にクスリと笑みを漏らすと、頂上へと目線を向けて言った。


「南無阿弥陀仏……それは『回向』だろ?」

 羽矢さんが口にしたその言葉は、名号(みょうごう)であり、阿弥陀仏に帰依するという意味を持っていて、その言葉を口にする事で回向するという。

 生きとし生けるものが功徳を積める……か。

 羽矢さんと回向を微笑ましく見ていた僕だったが、蓮が表情を変えた。

「ちょっと待て……羽矢」

「なんだ? 蓮」

「回向に繋がるって……住職は……いや、住職も知っていたんじゃないのか。だから行けと……」

「ジジイの事か?」

「そうだと言いづらい言い方するんじゃねえ。お前の父親だ」

「だからジジイの事だろ?」

 羽矢さんは、ニヤリと笑ってそう繰り返した。

「お前な……」

 蓮は、呆れた顔を見せるが、羽矢さんは気にもせず、さらりと言葉を返した。


「だって元々ジジイは、教えを説く為に国に協力していたんだからな」


 羽矢さんの言葉に、全員の視線が羽矢さんに向いて止まった。


「なに……お前ら、その顔。そんなに驚く事じゃねえだろ。そもそも神仏混淆だったからこそだろーが。それが神仏分離に至る中で、僧侶の力が必要とされたんだ。神道を広める事に神職者だけでは力不足で、仏教者に力を借りたって事だろ。だが、国家神道が成り立ったら、御役御免って訳だ。まあ、ジジイは恨み言もなく、御役御免でよかったと思っているんだろうがな」


 そう言って羽矢さんは、またニヤリと笑みを見せた。

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