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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第二章 道と界
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第31話 還相

 相手は死神さえも倒せる者……。

 その言葉に僕は、複雑な思いを手に握る。

「依」

 握り締めた僕の手を、蓮がそっと掴んだ。

「お前は何も心配しなくていい」

「……ですが……」

 僕は、そっと目を伏せながら、蓮だけに聞こえるように小声で言葉を続ける。

「大日如来の教令(きょうりょう)輪身は、不動明王であり……」

「死神さえも倒せるという教令輪身は、大威徳明王であり、ここで言うなら自性輪身……つまり、本来の姿は阿弥陀如来だからか」

 蓮は、僕が答えるより先にその言葉を口にした。

 僕の不安がそこにある事を分かっているから、僕に口にさせなかったのだろう。

「……はい」

「羽矢の言うように、『経典』は数多い。ただ一つの姿に思想が重ねられた。だが……本来の仏の境地は変わらないだろう。それでも、その法力をどう使うかは……その者次第だろうな」

 蓮は、大丈夫だと言うように、僕の背中をポンと軽く叩くと、高宮に向かって言った。


「俺の父親である総代は、神の力を使う事が出来る陰陽師だ。だが……神の力だけを使っている訳じゃない。切紙(きりかみ)九字は、仏の力も使う」

「あなたのお父上が神仏混淆の名を残し、その力を持っているからこそ、全ての神社と寺院に立ち入る事が出来る……あなたのお父上はより深く、相手を知っています。お伝えしたはずです。どの界にも正体を隠した化身と眷属がいると……」

「当然、この下界にも……か」

「ええ、そうです」

「全ては『救済』の為と名を打っても、導く教えも理解、納得次第だな」

 蓮がそう言った後に、羽矢さんが口を開く。

設害三界一切有情せっかいさんかいいっせいゆうせい不堕悪趣(ふだあくしゅ)

 羽矢さんのその言葉に、回向は驚きを隠せないようだった。

「羽矢……」

「生きとし生けるもの全てを殺しても、地獄に落ちる事はない……か?」

「羽矢……お前何処まで……」

「何処まで? 自分の決めた道は当然、一つだが、何を信じるかは人それぞれだしな……そこに来いとは強制しない。だが……侵してはならない境界は守るべきだ。文字だけで理解するのは危険だと、回向……お前がその言葉の意味を一番よく分かっているんじゃないのか」

「……ああ、分かっている。だが、羽矢……それは……」

「そこに辿り着いたなら、その前に知るべき事があったはず……それを知らない者は、そこに辿り着く事は許されない。知っているという事は、辿り着く事を許された者。そう言いたいか? じゃあ、俺はどうなんだろうな? 許されていると思うか? お前はどう思う、回向」

「……」

 回向は、返す言葉が見つからないのか、無言になった。

「生きとし生けるもの全てが悪で、悪人は全て救われる。善の基準が己にしかないならば、本質的な善が分からない事もまた罪である……お前がそれでもその言葉を口にしたのは、その名の意味を聞いた事があるからじゃないのか。だが…… 一つ抜けているよ、回向」

「抜けている……? 俺が……何をだ……?」

 回向は、納得がいかない様子で眉を顰めた。


「回向」


 羽矢さんは、はっきりとした口調で、その名を口にした。


「……その名で呼ばれる度に、何故、こんな名をつけたんだと不快に思うよ。それでも一生ついて回るんだ……」

 回向は、苦笑しながらそう言うと、長い溜息を漏らした。


「お前がその力を手にしていると信じ、願ったからこそ、この世に生まれたお前にその名が与えられたんだ。還相回向(げんそうえこう)。お前は託されているんだよ」

 還相回向……この世に戻ったならば、全ての者を救う事が出来る……。

「……羽矢……」


 羽矢さんは、ニヤリと笑みを見せて、回向に言った。


「それでもお前は、その名を嫌うか?」

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