第30話 自性
「やっと……捕まえた」
羽矢さんは、そう言葉を吐き出して、安心したように息をついた。
羽矢さんの肩に頭を置く回向が、そっと目を閉じる。
…… 一雫の涙が……回向の頬を伝っていた。
「……馬鹿を言うな。そう簡単に捕まるものか」
回向の姿を見る蓮が、クスリと静かに笑みを漏らした。
「……本当に……素直じゃねえな」
蓮は、そう言いながらも、二人の姿を微笑ましく見ていた。
少しすると、回向はそっと羽矢さんから離れ、磐座の上に座る高宮へと近づき、片膝をついて目線を合わせた。
「……右京。すまなかった」
「あなたが頭を下げる必要はありません。私は、あなたの望みに同調しただけの事ですから……いえ……」
高宮は、真っ直ぐに回向を見ると、うっすらと笑みを見せて言葉を続けた。
「あなたの願いを叶えてあげたかったと言った方がいいでしょうか」
……高宮……。
『願いを叶えるのは神ですか? 仏ですか?』
執着にも感じたその言葉が、頭の中で弾けて響いた。
「私は……あなたの願いを守りたかっただけです」
……願いを……守る……。
「ただそれが……あなたにとって道を阻む事になったのは、とても残念な事ですが」
悲しげにも笑みを見せる高宮に、回向はただ頭を下げるだけだった。
「ですが……私は後悔などしていませんよ」
「右京……俺は……お前を守れなかった。それどころか……」
「先がないような事を言わないで下さい。まだ……終わってはいませんよ」
高宮は回向の言葉を遮り、立ち上がった。そして、顔を伏せる回向に近づき、屈んで目線の高さを合わせた。
「まだ……私の名は刻まれていません。空っぽの『城』があるだけです」
空っぽの城……それは、霊園にあるあの墓石を指しているのだろう。
「……分かっている、右京」
「それなら顔を上げて下さい」
高宮は、回向の肩にそっと手を置くと、問う。
「本当に……出来ますか」
高宮の言葉に、回向は顔を上げた。
「……右京……」
「あなたは本当に出来ますか。あなたが口にした、その言葉の通りに」
戸惑いを見せた回向。その様子を見た高宮は、羽矢さんへと視線を変えた。
羽矢さんは、高宮の視線を受けて、回向の隣に立った。
高宮が立ち上がり、羽矢さんと目線を合わせる。
羽矢さんと高宮が互いに視線を合わせ続ける中、僕と蓮も彼らの元へと向かった。
蓮が手にしていた仏の像を、蓮は羽矢さんに手渡した。
羽矢さんは、手にした仏の像に目線を落としながら、口を開く。
「……自らの手で……その目を刳り貫けと迫られたら……か」
そう呟くように言うと羽矢さんは、仏の像の目元をそっと撫でた。
少しの間を置いて、高宮は言った。
はっきりとしたその口調は、彼の覚悟だと知った。
「それなら私は蛇にも鬼にもなりましょう。ですが……」
高宮は、真剣な目を羽矢さんに向け、言葉を続けるのかと思ったが、羽矢さんを見つめたまま無言になった。
途切れたままの言葉だったが、羽矢さんは察しているようだった。
羽矢さんは小さく二度、頷きを見せると、高宮が言おうとしていた事なのだろうか、羽矢さんが言葉を続けた。
「……相手は『死神』さえも倒せる者……だが、その名の『死神』は閻王を指しているが……」
羽矢さんは、ゆっくりと瞬きをすると、クスリと笑って言った。
「その名を受け継いだのは俺なんでね……俺を倒してから、その言葉は言って貰うとしようか」