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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第二章 道と界
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第29話 教令

「中心ね……成程な。大日如来を中心に、東西南北に仏を置く。その西方に置かれるのは、阿弥陀如来だよな?」

 蓮の言葉に回向は頷くと、羽矢さんに目を向けた。

「ああ。……気づいていたんだろう、羽矢。この山に登った時に」

 回向は、そう言って苦笑を漏らした。

「まあ……確信したのは高宮の言葉だけどな。道が違うと言いながらも、本地垂迹を口にする。仏の道と神の道は分けられ、その思想も分かれた。だが、それでも重なり合うのが見えるのは、当然、神仏混淆にある……回向、験者なら知っている教えだろう。それは……」

 羽矢さんの目線が、ちらりと高宮に向くと、言葉を続ける。

「両部神道の理論……高宮がそう言っていた。その理論は当然、お前の中にもあるものだ」

 羽矢さんは、回向の左腕を掴むと、衣の袖を捲った。

 回向の腕の内側に刻まれていたのは、種子真言(しゅじしんごん)……梵字で書かれた呪文である種子字(しゅじじ)だ。

 梵字と言ってもいいのだが、回向の場合、種子字と言った方がいいのだろう。

 験者ならでは……蓮の言った通りだ。


「不動明王の種子字。これをその身に刻んだのは、お前が進むと決めた道を変えるつもりはないからだろう?」

 羽矢さんの言葉に、回向はまた苦笑を漏らすと、捕まれた手をそっと振り解き、腕に刻まれた種子字を捲られた袖を戻して隠した。

「……どうかな。忠実にとは言い難い」

「嘘を言うな」

「……答えられないな」

「だったら……」


 蓮が手にした仏の像を、じっと見つめる羽矢さんの指が、そっと動く。

「正体の教令輪身(きょうりょうりんしん)を明かそうか?」

 教令輪身……それは調伏してでも正しい方向に導く為に、恐ろしい姿を現すものだ。

 そう言った羽矢さんに、回向が少し焦りを見せた。

「待ってくれ……羽矢……」

 羽矢さんは、回向へと真剣な目を向けて、冷静な口調で答える。

「散々、待ったんだ……もう待たねえよ、回向」

 羽矢さんの両腕が回向を強引にも捕まえる。

「……羽矢」

 回向は、羽矢さんの腕を引き離す為か、手を伸ばした。

 だが、羽矢さんは離す気はないと、回向に絡める腕に力を込めた。

 羽矢さんの声が静かに流れる。

「見えない姿の中に……見えない姿がある事に誰が気づく……その姿が見えたなら、その奥深くにある姿も見えるだろう……?」

「羽矢……そこまで知っていると言うのか……お前のところではそんな事まで知る必要は……」

「そこまで知らなきゃ、見えねえだろ。お前が何を考えて、どう思って、姿を消したかなんてな」

 羽矢さんは、回向の言葉を止めるように強い口調でそう言った。

「……別に……理解など求めていた訳じゃない。何を考えてって……自分の行動に対しての言い訳にしか……」

「無駄話は好きじゃないと知っているだろう、回向」

 羽矢さんは、また回向の言葉を止めると、蓮に言っていた言葉を回向に告げた。


「『経典』が何冊あると思っている。俺の頭の中にどれ程の文字が詰め込まれていると思っているんだ。余計な言葉は聞きたくねえ」


 回向は少し戸惑っているようだったが、羽矢さんの口から流れる言葉に、伸ばした手をそっと羽矢さんの背に置いた。


「だから……もう待たない。やっと……捕まえたんだからな」

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