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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第二章 道と界
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第26話 悪人

「だったら……お前たちが知っている事を話してくれないか」

 磐座の上に座る高宮に蓮が近づき、そう言った。

 蓮は高宮に目線を向けていたが、回向が間に入り、高宮に(めくばせ)する。

 高宮が頷きを見せると、回向は屈み、地に手を触れた。

 怪訝な顔を見せながらも、蓮は回向を見ていた。

 回向は、土を手で払い除けながら、話を始めた。


「俺は、右京の意向を汲んだんだ。あの神社が呪いの神社と呼ばれるようになったのは、いつからだったと思う。神仏分離で移された神木……神木と言われていたものだ。既に神霊は宿っていた。投げ出された仏の像に、火を放ち、土に埋めても、祟りを受けた者は誰もいなかった……羽矢」


 回向は、土を払う手を休める事なく、目線も地を見たまま、羽矢さんを呼んだ。

 羽矢さんは、回向の反対側へと片膝をついて屈み、回向と同じに土を払い始めた。

 高宮も、僕と蓮も、地を掘るように手を動かし続ける二人を、ただじっと見つめていた。


 土を払い除けていく羽矢さんの手が止まると、羽矢さんは回向へと目線を向けた。同時に回向の手の動きも止まっていたが、地から手を離す事はなかった。

 僕と蓮は、回向の手元を覗く。

 目に映ったものに驚く僕は、息を飲んだ。

 ……これは……。


 蓮の深い溜息が流れた。蓮は髪をクシャクシャと掻き、やるせない溜息を何度となく漏らす。

 だから……回向はあんな事を言ったんだ。


『投げ出された仏の像を目の前に、自らの手で仏の目を()()けと迫られたら……お前は出来るか?』


 土に埋められた仏の像。その仏の顔が見えた。

 ……目が……。

 回向の指が、仏の目元へとそっと動く。

 回向は、目線を仏の像に落としたまま、言葉を続けた。

「なんだかんだ言っても……祟りを恐れていた結果だ。目を刳り貫けば、魂を抜ける……魂がなければ、祟られる事もない。そう考えたのだろう」

 回向の声が、僅かにも震えた。その震えは声だけに(とど)まらず、仏の像に触れる手にも表れていた。

「回向……」

 羽矢さんは、回向の手をグッと掴んだ。回向は、羽矢さんに目を向ける事はなかったが、話を続けた。


「……神は仏の化身……仏は祟らないが、神は祟る……だからこそ神に対しての信仰は厚く、畏怖の念を抱く。そしてその思想は、祟るという言葉だけに執着し、それが(すべ)だとその力を利用する。あの神木は、廃仏毀釈が起こった場所にあったものだと、その神木を移された神社は、怨みを晴らす事に力を貸してくれる……そう都合のいい解釈を押し付けたんだ。それ以前に、廃仏毀釈を行った者は、その祟りから逃れる為に、人形(ひとかた)に呪いを向けさせ、己に呪いが降り掛かるのを避けた。それが呪いの神社と言われるようになった理由だ。そもそも右京は、神木があの神社に移されたから、あの神社の祭祀を司る神司になったんだからな……」

 回向は、深い溜息をつくと羽矢さんに目を向け、感情に蓋をするようにも、無表情でこう言った。


「生きとし生けるもの全てが『悪』で『悪人』は全て救われる」


 その言葉に、羽矢さんの目がピクリと動いた。

 回向は、羽矢さんの目の動きを知った上で、言葉を続けた。


「善の基準が己にしかないならば、本質的な善が分からない事もまた罪である。この世の悪から放たれる事が儚い夢であるのなら……」

「……回向……お前……」

 羽矢さんの表情が少し硬くなった。

 回向は、表情を変える事なく、はっきりと強く声を響かせた。


「俺は地獄に落ちても構わない」

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