第5話 分離
「……どういう……事ですか……」
紫条家に戻った僕と蓮。
あまりの驚きに、僕の声は掠れていた。
僕は驚きを隠せなかったが、蓮は違った。
蓮の冷静な様子は、こうなる事を知っていたかのようだ。
『神仏混淆の名残りだろう。別に珍しい事じゃねえ』
そう……珍しい事じゃない。蓮にとっては、それが普通と呼べる環境の中で暮らして来た。
それは紫条家の大きさも指し示しているのと同じだった。
膨大な規模の敷地には、社が多数あり、それと同様に堂もあるからだ。
そこには境界はなく、全てを巡る事が出来る。
こういったところは、今や他にはない。
神社と寺院は分離され、神社は神道、寺院は仏教とはっきり分けられている。
それでも紫条家は、神仏混淆の名を残している場所だ。
だからこそ、僕たちが行ったあの山には、とても大きな意味があったという事になる。
「蓮……」
何も答えず、目の前を過ぎ去るその様子を、止める事なく見つめている。
「蓮……蓮……」
僕は、どうしたらいいのか分からずに、蓮の反応を急かすように名を呼んだ。
僕が口を出せる事ではない。だけど蓮は口に出してもいい事だ。
僕たちの前を通り過ぎて行く、数人の男たちが運んでいるのは、堂から持ち出したであろう仏の像。
男たちは、過ぎ去る際に僕たちに頭を下げて行く。
蓮の目線が遠くを見た。僕は、蓮の目線を追う。
そこには寂しくも見送るように紫条家、現当主……蓮の父親が立っていた。
その様子に、当主の承諾があっての事だと思うしかなかった。
蓮の視線に気づく当主は、少しの間、蓮と目線を合わせていたが、先に当主が目線を外し、踵を返して中へと入って行った。
蓮が小さく息をつく。
歩き出す蓮の後を、蓮の背中を見つめながらついて行く。
広い敷地を奥へ奥へと進んで行った。
蓮が足を止めるまで、言葉はなかった。
蓮が足を止めたところは、運び出された仏の像が安置されていた堂だ。
「仏も神だと言われたのは、神の姿は仏の化身だと言われていたからだ。そうだとしたら、どちらかが消えても、どちらかは存在する事が出来る。どちらかが存在していれば、どちらも存在しているのと同じ……そう思わないか、依」
僕を振り向いて言う蓮の表情は穏やかだった。
僕は、蓮の言葉に深く頷きを見せた。
その夜、僕は浅い眠りの中、微かな声を聞いていた。
どこから聞こえるのか、頭の中に飛び込むように流れる言葉だったが、夢でも見ているのだろうと僕は体を起こす事はなかった。
「眼、視覚に置き、耳、聴覚に置き、鼻、嗅覚に置き、舌、味覚に置き、身、触覚に置き、意、知覚に置く。我が器を処とし、境界を定める」
……我が器……境界……。
「……依。依」
蓮の声に起こされる僕は、少しぼんやりとしていた。
「どうした? 起きて来ないから、起こしに来たが……」
僕は、当主の厚意もあり、紫条家の一室を与えられている。
「……すみません。あまりよく眠れていなかったようで……目覚めが……」
起き上がろうとしたが、気怠く、ふらりと目眩を起こすような感覚に倒れそうになった。
「依、大丈夫か?」
蓮の腕に支えられる。
「はい。直ぐに着替えます。今日はどちらに向かい……」
蓮の手が僕の顔に触れると、顔を近づけてくる。
思わずドキッとする僕の顔をじっと見て、蓮はクスリと笑みを漏らした。
「目が覚めたか? 依」