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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第二章 道と界
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第14話 相即

「……そうですか」

 高宮はそう呟くと、伏せた目を僕へと向けて再度、口を開いた。

「ここまで辿り着くまでに来た道を、諦めて戻るのは無駄というものです。辿り着く為に進めた歩の分だけ、清算すると致しましょう」

 クスリと笑みを漏らすと高宮は、鬼神へと向いた。

 動きを止めていた鬼神が次々に空に広がると、明かりを落としていた月が翳り出し、辺りを黒く染めていく。

 遠くからも雷鳴が聞こえ始め、ポツポツと雨が降り始めた。


「……お前……本当に何にも見えていないんだな」


 僕を支えるように後ろに立った蓮は、そう静かに高宮に告げた。


「羽矢」

「ああ。分かっている……正体によっては、か。成程な……山程いる眷属だというのなら、答えは簡単だ」

「羽矢さん……」

 僕だけが焦る中、羽矢さんが立ち上がり、境界を抜けて空を仰いだ。


 羽矢さんの左手に数珠が握られる。その手を開いた右手に押しつける仕草を取ると、何やら言葉を発する。

 静かに流れるその声が、はっきりと重さを伝える。

 これは……慈救呪(じくじゅ)……この真言は……不動明王だ。


『眷属なんか、正体によっては山程いるぞ』


 確かに不動明王の眷属は数多い。

 だけど……眷属である童子と使者を合わせても百に満たないはず。

 それでも童子には一千万の従者を持っているというが……。

 僕は、辺りを見回した。

 この山にある依代は、数にして百八十八……妙だ。

 依代を目覚めさせたというのには、疑問がある。

 本当に目覚めさせたというのなら、その神は一体……。

 それに……高宮の態度には、ずっと引っ掛かっている。

 神に仕えながらも、神殺しを肯定する神司。

 神の道を進みながらも、その思想の根底は仏の道に交差するところがある。



 月明かりを遮るように、空を覆った闇がスウッと消え始めた。

 雷鳴も雨も止み、月が光を放ち、辺りを照らす。

「お見事ですね……藤兼さん。既に正体を見抜いていたという事ですか」

 動じる事もなく、淡々とした口ぶりで言った高宮を、羽矢さんはゆっくりと振り向いた。

「俺が……お前を追う為だけにここに来たと思うか?」

「私も……あなた方をここに来て頂く為だけに来たと思っていますか?」

 羽矢さんと高宮の目線が一線に合い、互いを捉えたまま無言になった。

 羽矢さんの口元が笑みを見せると、少し続いた沈黙が裂かれる。


「俺は、荒魂を見せる化身の正体を、本来の境地に戻す為に来た。お前はそうだな……」

 正体を本来の境地に戻す……だから羽矢さんは、僧侶の衣を着てきたんだ。

 羽矢さんは、クスリと笑みを漏らすと高宮へと体を向け、真っ直ぐにその目を捉えながら言った。


生死即涅槃(しょうじそくねはん)(くう)を説く。生死は迷いを指し、涅槃は生死を繰り返す輪廻からの解放だが、生死がなければ涅槃はない。涅槃がなければ生死もないという事だ」


 羽矢さんの言葉に、高宮の目が動いた。

「私には……無縁の話ですね」

「……どうかな。相即だと言ったら、理解出来るか?」

 羽矢さんの落ち着いた静かな声に、高宮の目が羽矢さんから離れる事はなかった。

「相即……ですか。関わり合い、対とする……と?」

「やっぱりお前は知っているんだな。仏が主で神が従。それは、迷える神には仏の救済を必要とするという思想からきたものだ。だから……」


 蓮が僕の手を引き、羽矢さんの元へと向かった。

 そして、蓮が羽矢さんの言葉を続けた。


「釈然としないが、お前を本来の境地に戻してやる。だから……お前が俺たちに協力しろ」

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