第4話 束縛
神仏混淆。
神も仏も神であるという信仰の元、神道と仏教が結びついて一体となったものだ。
その主従関係は、仏が主で、神が従であると言われていた。
蓮は、僕をそっと地に下ろした。
どのくらいの位置まで落ちてしまったのだろう。見上げる僕だったが、蓮は気にしている様子はなかった。
「……もう……登らないのですか?」
「必要か?」
蓮が僕を見る目は変わらない。
揺れ動く事のない真っ直ぐな目をじっと向ける。
「お前も気づいただろうが、この山にある依代は、数にして百八十八。ここはその中の一つだ」
「ええ、そうですね」
「それだけの数ならば、一つくらい得られるだろうとここを選んだのだろう。まあ……俺にしても全てを得ようとは思っていない。そんなに手に負えやしないしな。得るものは一つで十分だろう。それに……」
蓮の指が、僕の髪に触れると、うっすらと笑みを見せてこう言った。
「仏は祟らないが、神は祟る。違うか?」
意味ありげな目線は、僕の心を見抜いている。
蓮のその目に、僕は顔が火照るようだった。
「どういう……意味でしょうか」
「はは。そのままの意味だよ」
「僕が……嫉妬するとでも……?」
「違うのか?」
あまりにも真っ直ぐに返してくるから。
「……っ……」
僕は、ただただ戸惑う。
蓮の手が、僕の髪をそっと揺らして離れた。
「帰ろう、依。併存しているんだろう? それなら、ここには境界はないと伝えればいい」
「そう……ですね」
戸惑い続ける僕に、蓮は気づいていただろう。
微妙にも途切れたような返事をした僕を見ながらも、その真意を探ろうとはしなかった。
辺りを見回す僕の目は、この風景に覚えがある。
そして……。
僕は、蓮へと視線を戻した。
穏やかな表情が、僕が思っている事に答えるようだった。
……蓮にも覚えがあるだろう。
歩き始める蓮だったが、立ち止まったままの僕を振り向いた。
「依」
僕へと手を差し出す蓮。
木々の隙間から差し込んだ陽が、蓮の姿を輝かせる。
その姿が眩しく思えた。
差し出された蓮の手を掴もうと、僕も手を伸ばす。
『依』
……僕……。
互いの手が繋がった瞬間、懐かしくも重なる子供の頃の記憶。
その時の蓮の声が、頭の中で弾けた。
『おいで、依』
「蓮……」
蓮の手が、強く僕を引き寄せる。
僕は、引かれる力に逆らう事なく、蓮との距離を近いものにした。
あの時と同じ瞳だ。
一点に置かれた目線。他を見る事なく、そこにある存在だけを捉え続けていた。
ずっと。じっと。
ただ一つのこの存在だけを……。
暖かくも感じる風が、緩やかに回った。
蓮の腕に包まれる僕。
耳元で囁かれる声が、僕の揺れ動く心を捕まえる。
「他の何よりも、誰よりも……依。お前がいい」
『おいで、依。俺は……他の何よりも、誰よりも、お前がいい』
記憶が……今と重なった。
『お前も気づいただろうが、この山にある依代は、数にして百八十八……』
……その中の…… 一つ……。
ざわざわと、木々が枝葉を揺らして音を立てた。
そこにある全ての存在を示すように。
蓮の力強い腕に包まれながら、僕は目を閉じた。
「依……お前がいい」
あの時から僕は。
……この束縛を待っていた。