第10話 混淆
洞窟を出ると、そこには高宮がいた。
「お待ちしていました。道案内は十分だったようですね」
道案内は……十分……。僕たちがそこを通って来ると分かっていたって事だ。
そして……待っていた。
「お前は羽矢にこう言ったな」
『そちら側から入って来られるとは、これも藤兼さん、あなたの立ち入りが出来るようになったからでしょうか』
「羽矢は、閻王の許諾を得て河原に立ち入れる道を進む事が出来ている。当然、お前はその道を通る事は出来ない。うまく繋げたもんだな? 人形を依代に魂を運び、その魂を下界へと誘う……さあ、ここで問題だ」
蓮の言葉の続きを語るように、反対側から声が返ってくる。
「冥府から魂を奪うにしても、冥府に依代にする為の人形を送り込ませる事は出来ない。魂のないものが冥府に入れるはずはないからな。じゃあ、何故、魂を宿した依代である人形が黄泉にあり、冥府から魂を奪う事が出来たか……」
「羽矢さん」
僕と蓮に視線を向けた羽矢さんは、ニヤリと笑みを見せ、言葉を続けた。
「答えは『宮寺』だ」
宮寺……。
羽矢さんが距離を詰めて来る。
この場に現れた羽矢さんは、死神の黒衣ではなく、僧侶の衣だった。
「神仏分離が行われ、神の道と仏の道の思想も分かれているが、それでもお前の思想は神仏混淆にある。神の道を選んだはずのお前が、仏の道に交差するのは宮寺があるからだろう。正直、そんなところはもうないと思っていた。廃仏毀釈が起こった事で、神仏分離に異を唱える者は殆どといっていなかっただろう。神仏分離は国の令であり、神道を推し進める為のもの。それはお前が言った通り、神道の優位を示す事が出来たって訳だ。だがどうだ? それはお前にとって仏の道には進みづらいものになったんじゃないか?」
「何か……思い違いをしていませんか、藤兼さん。私は、仏の道を進もうとなど考えた事はありませんよ」
「ああ、そうだな。宮寺は神社を管理する為の寺だ。お前が拘る主従関係で言えば、仏が主で神が従、それは変わらない。そもそも宮寺があったのは、神仏混淆が当たり前だった頃の話だ。宮寺が行う神前読経は仏式だったが、宮寺が管理する神社の祭祀は仏式ではなかった。僧坊の他に宮司がいたからな」
「神仏分離が行われ、その思想も分かれました。私が選んだのは神の道……それを変えるつもりはありませんよ」
「そんな事は分かっている。だが、俺はお前に言ったはずだ。棺に入れる六文銭、今ではそれを描いた紙……生前に取引が済んでいたなら、対価以上を要求する事も可能だってな。呪殺されると分かっていなければ、その取引は成り立たない。そして、呪殺される側の者はその命と引き換えに『神』になれると約束される……祟り神でもなんでもな。まあ、祟り神の方が都合がいいだろうな。それはつまり……」
羽矢さんの言葉の後を、蓮が続けた。
「国に仕える官僚同士が、地位を争う為に互いの呪殺を企み、死後、祟り神となる。祟り神を鎮める為に社が建てられ、神号を与えられる。下界において人よりも尊き存在……それが叶うという訳だ。だが、呪殺が繰り返される度に神が増えていったんじゃ、互いを蹴落とした意味もない。だから神殺しを起こさせるんだろう? そして、最後に残った神が最強って訳だろうが……」
蓮は、ザッと音を立てて足を地に滑らせる。
月明かりが強く光を放ち、辺りをはっきりと映し出すようだった。
羽矢さんの後ろに、寂れた堂と社があるのが見えた。
蓮は、僕を背後に回すと、高宮に言った。
「俺が祓ってやる」