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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第二章 道と界
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第7話 理由

 鬼籍に何も書かれていない……。

 それどころか、名が浮かんだかと思えば、直ぐに消える。

 ……魂が……奪われている。そう感じた。

 思っていたよりも、事が大きく広がっている事にぞっとした。

「……羽矢」

 羽矢さんの愕然とした様子に、蓮が心配する。

 羽矢さんは、目線を下に落としたまま、硬直した様子だった。

 強張った表情でポツリポツリと言葉を口にし始める。

「冥府の……番人の名に……おいて……」

 瞬きもせず、震える声でそう口にしたが、言葉が止まった。

「……羽矢」

 蓮が、しっかりしろと羽矢さんの腕を掴んだ。

 顔を伏せる羽矢さんの体は、怒りからなのだろう、震えていた。悔しさを握りつぶすように、ギュッと手を握り締める。


「……藤兼」

 羽矢さんの様子を見兼ねたのか、閻王が羽矢さんを呼んだ。

 羽矢さんは顔を上げる事はなかったが、閻王は言葉を続けた。


「お前の怒りなど察するに至らぬ。我が元にお前を置く理由は、言わずとも分かる事だろう。お前が我に言った言葉を、忘れた訳ではあるまい」


 閻王のその言葉に羽矢さんは、ハッとした様子で顔を上げた。

 少しの間、閻王と羽矢さんの目線は、互いをじっと見つめたまま動く事はなかった。

 抱えた悔しさが、羽矢さんの信念を呼び起こしたのだろう、表情が変わった。

 強く、真を見据える瞳。

 揺れ動く事のない真っ直ぐな目は、閻王に思いを伝えた事だろう。

 閻王の声が強く響いた。


「行け」


 低く響く声が、その短い言葉の中に重さを伝えていた。

 羽矢さんは、真っ直ぐに閻王を見ると、強さを持った声で返した。


「承知」



 下界に戻った僕たちは、羽矢さんの寺院の本堂の中へと入った。本堂にはうっすらとした明かりが灯っていた。

 中に入ると真夜中だというのに、内陣には住職が本尊を前に座っていた。

 僕たちは、住職の背後で足を止める。


「……羽矢」

 住職は、振り向く事なく、羽矢さんに声を掛けた。

 住職の後ろに僕たちは座った。

「御子息も依さんもお聞き下さい」

 住職は、振り向く事はなくても、僕と蓮も一緒だと気づいていた。

 静かに入って来た僕たちだったが、僅かな気配でも、何人いて、それが誰なのか分かるのだろう。


「冥府の番人、別名……死神。私は、こんなにも早くその座を羽矢に就かせる気はありませんでした。それでもその座に就かせたのには訳があります」

 住職は、落ち着いた静かな口調で話を続けた。

「奔放な上に自分が決めた事を譲らない。その奔放さが災いして、生死を彷徨った事があるのですよ……」

 生死を彷徨った……羽矢さんが……。

 住職は、少し顔を上げ、本尊を見ると、少し間を置いて言葉を続けた。

「私は、冥府の番人としての務めを、親という立場で利用したに過ぎません。羽矢を連れ戻そうと冥府に行きました。ですが……」

 住職の話は、胸を熱くさせた。

 その力があるからそれが出来る……だけどそれでいいのだろうかと自責の念に駆られる。

 住職の静かな笑みが本堂に響いた。


「堂々とした様子で羽矢は、閻王の前にいたんです……私の口添えなど、羽矢には必要ありませんでした……」

 続けられた言葉は、その時の羽矢さんが目に浮かぶようで、それが閻王が羽矢さんに言っていた『理由』なのだろう。


『俺は、一つの道を進んできた。それが間違いであるのなら、下界に戻る理由はない』


 住職の声が強く響いた。

 その声は、閻王と同じ響きを持っていた。


「行きなさい、羽矢」


 住職の言葉に羽矢さんは立ち上がり、住職に答えた。


「承知」

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