第3話 依代
……何処まで落ちたのだろう。
体に何かが突き刺さったまま、見えない空を仰いでいた。
痛みと苦しさで、浅い呼吸が繰り返される。
呼吸をする度、僅かにも動く体。その反動で少しずつも体が沈んでいくようだ。
体が沈むと更に苦しくなる。痛みで気が遠くなっていく。
これ以上、痛みを感じたくないと、呼吸の回数を抑えようとするが、逆効果だ。反動が大きくなって、より体を動かしてしまう。
体に突き抜けたものが何であるのか、腹部へと視線を向けた。体勢も体勢だ、目線を届かせるにも中々に厳しい。
手に触れれば、刺さったものが何か分かるか。
震えながらもゆっくりと手を動かし、その感触を得る。
ザラザラとした感触が手に伝わった。
……木……。
だがそれは、枝葉を持っていない。乾いたような、それでいて湿っているような感触は、朽ちた木の幹だと分かった。
ああ……でも湿っている感触は、僕の血か……。
そう思いながら、ふと気づく。
朽ちた木の幹なら……それ程、地に遠くないのでは……。
だけど……僕の体を突き刺しても、折れないなんて……。
これ……まさか……。
そうだとしても……なんでここに……。
困惑していたが、僕を貫いていた木の幹は、間違いなく依代だと気づいていた。
「依……! 依……」
蓮の声が近くで聞こえる。
ああ……蓮が降りて来たのは、夢じゃなかったんだ。
それにやはり思った通り、僕の体があるのは地に近い。
蓮の目線の高さは、僕の目線と同じくらいの位置だ。
「……蓮……僕は……死ぬのでしょう。それでもこうして君と話が出来る時がある事……感謝致します」
人というものが何を信じて生き続け、死の後に何を望むのか。
生きるという事に望みを求め続け、頼むべきは神であり。
死ぬという事に抱える寂寥に支えを求めるのは、仏なのだろう。
力なくも震える僕の手を、蓮が掴んだ。
その力はさっきとは違い、優しく包むようだった。
「……蓮……君の手が……汚れてしまいます」
無理に笑みを見せようとしたが、やはり苦笑になる。
「そんな事……どうだっていい。落ちないって……言っただろう……」
「蓮の言った通りですよ……僕の体はまだ……地に落ちていません……」
「お前は……また……そうやって……」
「気にし過ぎですよ……蓮」
「俺が望む前に、お前は何を望んだ?」
睨むような強い目線。
……気づいていたんだ。
僕が答えない事に苛立ったのだろう。珍しくも蓮が、険しくも顔を顰めた。
息が出来ない苦しさに、逆に息をしようとする事も苦しい。
握られたままの力のない手を、蓮が導く。導く先は、僕を貫いている木の幹だ。
「……蓮……?」
蓮の怒りを交えた声に、祈りを込めた言葉が耳を掠める。
「この地に留まる神霊よ……供する身をここに選んだならば、この身に宿る式神となれ」
……式神……蓮……どうして……。
僕を貫く幹から、光が弾けた。眩しく目を眩ませる程に。
ふわりと体が浮いたような感覚が直ぐに解けると、力強い腕に抱えられた。
「依」
僕を貫いていた幹が消え、痛みと苦しさから解放されたが、今度は蓮の腕に束縛されたみたいだ。
そして僕は、その束縛に安心感を得ている。
自分の体がどうなっているのか、手が腹部を確認した。
体に穴が開いたはずだが、穴などなかった。
「……蓮」
「依……俺は」
僕の顔を覗き込むように見る蓮の瞳が、悲しげに揺れる。
「お前を従者などとは思っていない。だが……」
……蓮……。
本当は、その先に行って欲しくなかった。
蓮が式神を持てば、もう僕は蓮の側にいる必要はなくなる……。
『蓮……! 待って下さい……!』
『自業自得って言えよ、依』
「それでもお前が俺に従うと言うのなら、お前が俺の式神になれ」
蓮の言葉に僕は頷き、静かに笑みを見せると答えた。
「自業自得、ですね……」