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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第一章 神と仏
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第3話 依代

 ……何処まで落ちたのだろう。

 体に何かが突き刺さったまま、見えない空を仰いでいた。

 痛みと苦しさで、浅い呼吸が繰り返される。

 呼吸をする度、僅かにも動く体。その反動で少しずつも体が沈んでいくようだ。

 体が沈むと更に苦しくなる。痛みで気が遠くなっていく。

 これ以上、痛みを感じたくないと、呼吸の回数を抑えようとするが、逆効果だ。反動が大きくなって、より体を動かしてしまう。


 体に突き抜けたものが何であるのか、腹部へと視線を向けた。体勢も体勢だ、目線を届かせるにも中々に厳しい。

 手に触れれば、刺さったものが何か分かるか。

 震えながらもゆっくりと手を動かし、その感触を得る。


 ザラザラとした感触が手に伝わった。

 ……木……。

 だがそれは、枝葉を持っていない。乾いたような、それでいて湿っているような感触は、朽ちた木の幹だと分かった。

 ああ……でも湿っている感触は、僕の血か……。

 そう思いながら、ふと気づく。

 朽ちた木の幹なら……それ程、地に遠くないのでは……。


 だけど……僕の体を突き刺しても、折れないなんて……。

 これ……まさか……。

 そうだとしても……なんでここに……。

 困惑していたが、僕を貫いていた木の幹は、間違いなく依代だと気づいていた。


「依……! 依……」

 蓮の声が近くで聞こえる。


 ああ……蓮が降りて来たのは、夢じゃなかったんだ。

 それにやはり思った通り、僕の体があるのは地に近い。

 蓮の目線の高さは、僕の目線と同じくらいの位置だ。

「……蓮……僕は……死ぬのでしょう。それでもこうして君と話が出来る時がある事……感謝致します」


 人というものが何を信じて生き続け、死の後に何を望むのか。

 生きるという事に望みを求め続け、頼むべきは神であり。

 死ぬという事に抱える寂寥(せきりょう)に支えを求めるのは、仏なのだろう。


 力なくも震える僕の手を、蓮が掴んだ。

 その力はさっきとは違い、優しく包むようだった。

「……蓮……君の手が……汚れてしまいます」

 無理に笑みを見せようとしたが、やはり苦笑になる。

「そんな事……どうだっていい。落ちないって……言っただろう……」

「蓮の言った通りですよ……僕の体はまだ……地に落ちていません……」

「お前は……また……そうやって……」

「気にし過ぎですよ……蓮」

「俺が望む前に、お前は何を望んだ?」

 睨むような強い目線。


 ……気づいていたんだ。


 僕が答えない事に苛立ったのだろう。珍しくも蓮が、険しくも顔を顰めた。

 息が出来ない苦しさに、逆に息をしようとする事も苦しい。

 握られたままの力のない手を、蓮が導く。導く先は、僕を貫いている木の幹だ。

「……蓮……?」


 蓮の怒りを交えた声に、祈りを込めた言葉が耳を掠める。


「この地に(とど)まる神霊よ……(きょう)する身をここに選んだならば、この身に宿る式神となれ」


 ……式神……蓮……どうして……。


 僕を貫く幹から、光が弾けた。眩しく目を眩ませる程に。

 ふわりと体が浮いたような感覚が直ぐに解けると、力強い腕に抱えられた。

「依」

 僕を貫いていた幹が消え、痛みと苦しさから解放されたが、今度は蓮の腕に束縛されたみたいだ。

 そして僕は、その束縛に安心感を得ている。


 自分の体がどうなっているのか、手が腹部を確認した。

 体に穴が開いたはずだが、穴などなかった。

「……蓮」

「依……俺は」

 僕の顔を覗き込むように見る蓮の瞳が、悲しげに揺れる。


「お前を従者などとは思っていない。だが……」


 ……蓮……。

 本当は、その先に行って欲しくなかった。

 蓮が式神を持てば、もう僕は蓮の側にいる必要はなくなる……。


『蓮……! 待って下さい……!』

『自業自得って言えよ、依』


「それでもお前が俺に従うと言うのなら、お前が俺の式神になれ」


 蓮の言葉に僕は頷き、静かに笑みを見せると答えた。


「自業自得、ですね……」

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