表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処の境界  作者: 成橋 阿樹
第一章 神と仏
38/182

第37話 六識

「蓮……」

 何も聞かずとも、蓮には分かっている事だろう。

 蓮が何を思ってるかは、僕も分かっている。

 僕は、それを確かめていたのだから。


 あの声は、あの言葉は。

 神司なんかじゃない、蓮なんだって……。


『おいで……依』


 蓮の手の力は緩む事はなかった。

 怒ったような顔。強い目をじっと僕へと向ける。

「河原から戻って来た時から、お前の様子が気になっていた」

「そう……ですか」

「お前の所為じゃない。守りきれなかった俺が悪いと言っただろ……」

「……蓮は悪くありません。僕が……」

「依」

 蓮は、僕の言葉を止めると、こう答えた。


 僕が呟いていたあの言葉に、その言葉を加えるように。

 加えられる言葉がある事で、僕は僕の存在をしっかりと感じる事が出来ると……そう伝えた。


(げん)()()(ぜつ)(しん)()。それぞれに(しき)を足して認識出来れば、それがお前という存在だ。彩流 依」


 それでも僕は……。

 苦笑が漏れた。

 蓮の目から、僕の目線は離れてしまった。

 真っ直ぐに向けられれば向けられる程、なんだか辛くなる。逃げ出してしまうように。


『あの事を彼が知ったら……どう思うのでしょうね……?』


 ……遠ざけたかった。その感覚を捨ててしまいたくて。

 それでも勝手に動かされてしまう事に、自分がなんなのか分からなくなった。


「……浅いんです」

「依……」

「見えていても、聞こえていても……痛みを感じても……この体は、僕のものですか……?」


 泣こうと思って泣いている訳じゃない。

 勝手に涙が溢れて、頬を伝っていく。

 涙が蓮の姿を霞ませて、まるで僕から蓮を遠ざけようとしているみたいだ。


 蓮の両腕が僕の体を捕まえる。

 グッと、ギュッと、とても強い力だった。

 呼吸さえ、苦しくなる程に。

 だけどこの苦しさは、あの時とは違う。


「そう不安になるんだったら……俺のものでいいだろ……依」

 低く静かに流れた声は、僕の耳元ではっきりと聞こえた。

「蓮……」

「俺がお前の姿を見て、俺がお前の声を聞いて……お前の痛みも俺が感じるから……お前は俺のものでいいだろ……」

 涙が溢れて止まらなかった。

「俺のものでいいだろ、依」

 強く抱き締められる蓮の背中に、僕はそっと腕を回した。

 蓮の鼓動が耳に流れる事に、安心感を覚えている。

 速く聞こえていた蓮の鼓動が、段々と安定していく。

 蓮……蓮も不安だった……?

 蓮の体重を感じながら、僕は寝床へと押されていった。

「依……」

 蓮の手が、僕の頬を包むように置かれた。

 蓮を見上げる僕。降り注がれる蓮の目線が重なり合う。

 僕は、この目が好きだ。嘘も偽りもない、この真っ直ぐな目が。

 力強くも、それでいて優しさに溢れるこの目を、ずっと見ていたかった。


「不安になるなら何度でも言う。依……俺は、何よりも、誰よりもお前がいい」


 馬鹿は、僕だ。

 蓮が僕を選んだだけじゃない。僕だって蓮を選んだんだ。

「……依」

 この束縛には、僕の束縛もあったんだ。


「僕も……他の何よりも……誰よりも……蓮……君がいい」


 蓮の息遣いが間近になって、受け入れるように目を閉じた。

 目を閉じても、直ぐそこに蓮がいる事が感じ取れるのは。


 僕の唇に触れる、その温度を感じる事が出来たからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ