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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第一章 神と仏
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第36話 感覚

「総代様の式神にお相手頂く程、自身の力を驕ってはいません。ですが……全くもって敵わないとも答えませんよ。どの界にも正体を隠した化身がいる事をお忘れなく……勿論、その眷属も」


 意味ありげに言葉を残して、口を開けた幹の中に神司は姿を隠すと、開いた口が閉じてしまった。

 地に降り立った羽矢さんの舌打ちが聞こえた。


「羽矢……すまないな。巻き込む事になると知りながら、力を借りた」

「総代……これは俺にとっても見過ごす訳にはいかない事……出来る限りの力添えはします」

「頼りにしている。藤兼家の存在は、紫条家にはなくてはならないものだからな」

「……総代」


「父上……何故、ここに……」

「蓮……私の立場を忘れた訳ではないだろう?」

「だからではないですか……表立って動く事は許されないのでは……」

「表立って動く事が出来る状況が、ここに出来たからだよ、蓮」

「父上……まさか……それを初めから……」


『空間領域も地に足を置けば、下界の領域と結びつく。私が立ち入るには容易な事だ』


 ……当主様。


「総代。廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)を行ったのは神職者、つまり神社側。神仏分離の令は国が出したもの……国は、廃仏毀釈に繋がったものが、神仏分離の令によって起きたものだと認めないという事では? それはつまり……」

「羽矢」

 羽矢さんの言葉を止めた当主様だったが、その声も表情も穏やかだった。

「……余計な事……でした」

「互いに進む道を守る事が出来れば、突きつける事の出来る答えとなる。お前たちなら分かるだろう。そこにないものをあるとは言えないのだからな……」

 当主様は、そう静かに言うと、歩を進め始めた。

 その背中を追う式神が、当主様の中に入るようにもスウッと消えていった。

 消えていく時に、僕を振り向いた式神の表情には笑みが見えていた。



 羽矢さんは寺院に戻り、僕と蓮は紫条家に戻った。

 僕は、自分の部屋に入ったが、眠る気にはなれなかった。

 溜息が漏れると頭を抱えた。


 ……感覚が……分からなくなっていた。

 あの時の嫌な感情が、襲ってくる。

『彩流 依。彼と私には『秘密』があるんですよ』

『あの事を彼が知ったら……どう思うのでしょうね……?』


 僕は、僕の感覚を取り戻そうと、あの言葉をゆっくりと口にする。

(げん)……視覚に置き……()……聴覚に置き……()……嗅覚に置き……(ぜつ)……味覚に置き……(しん)……触覚に置き……()……知覚に置く。我が器を(しょ)とし……境界を定める……」


 それでも。

 これが呪いだとでもいうのか、神司がまだ間近にいる感覚から抜けられない。

 神司との境界を作りたくとも、自分の思いなど薄くも消えて、全てが奪われていくようだった。

 僕は、短刀を手に取った。

 ……痛みを感じる事が出来るなら、僕の体はここにあると言えるのだろうか。

 そんな思いが頭の中を掠めると、僕の手は、僕の腕を切った。

 流れる血も赤く……色を染めるのだろうか。

 机の上に置いてあった白い紙に、雫を落とす。

 ポタリと落ちて描く色……。


「……なにやってんだよ、依。またくだらねえ事、考えているのか?」


 蓮が部屋に入って来た。

 僕は、クスリと静かに笑みを漏らした。

 蓮の手が、傷を作った僕の腕へと伸びる。

「……馬鹿ですね、蓮。そこまで深い傷など、作りはしませんよ」

 蓮の怒ったような目を、真っ直ぐに見る事も出来ない。

 僕の腕を掴む蓮の手に力が籠った。

「痛っ……」

「認識出来たか?」

「……蓮……」


 蓮の強い目は、僕の目線を離さないと言っているようだった。

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