第28話 廃仏
「蓮……もう一つだけ、聞いていいか」
「なんだ」
「お前たちの話を聞く限り、頂上まで登っていないようだが、それは必要なかったのか。その話はしてなかったよな」
羽矢さんの言う通りだ。
だけど、僕が口を開くのは余計な事ではないかと、口を噤んだ。
『……もう……登らないのですか?』
『必要か?』
当主様からは、頂上にある依代を確認する事も目的の一つと言われていた。
だけど山から戻った僕たちに、当主様は何も聞かなかった。ただ、僕たちが伝えた言葉だけに頷きを見せただけだった。
きっと当主様には、僕たちがあの山で何を見たのか、何が起こったのか……いや……そうじゃない。
当主様は、あの山に僕たちを行かせる事自体が重要だったんだ。
「……子供の頃に、行っているんだ。あの山に……二度、連れられて行っている」
「総代にか」
「ああ」
蓮……やっぱり……覚えがあったんだ。
「あの頃は、あの山はあんなに険しい山じゃなかった。ガキの俺でも登れたくらいだからな……」
もの悲しげにな口調に、僕は蓮に目線を向けた。
蓮の手が、そっと重ねていた手の中から動くと、僕の頬に触れた。
そして、蓮は話を続けた。
「その頃から神域であった事には変わりはない。だが、登拝出来る道があり、然程大きくはなかったが、堂も社も幾つかあったんだ。登拝道に行く前には参拝道があり、そこには神木が立ち聳えていた。神木を過ぎて門を抜けると神社があった。鳥居じゃなくて、門だったんだよ。それが何故なのか理解出来るようにも、その神社には、仏の像が置かれていたんだ。俺のところだって、神仏混淆を残しているとは言っても、神社に仏の像を置いてはいない。印象的だった……だが、あの山があの時に行った場所だったと、あの山を登った時には気づいていなかった。あまりにも変わっていたしな……」
「廃仏毀釈されたからだよ」
「羽矢……お前、初めから分かっていたのか……」
「……まあな。廃仏毀釈で、仏教、仏像、寺院までも廃されたんだ。神仏分離は、神道を推し進めるものでもあったからな……神社も寺院も境界なくあるあの山が的になったんだ。神社と名をつけていても、神殿造りではなく、堂塔だったんだろう。だから神社としても残す事は出来なかった。神社なら神殿造りにしなければならなくなり、神木も神社に移す事になったはずだ」
「廃仏毀釈後に行った時には、神木と像はなかったが、まだ堂も社も幾つかは残っていたんだ」
「……そうか。あの山に神仏混淆の名残りがあるのは、姿はなくとも神や仏がいるって事なんだろう」
「ああ……そうだな……なあ、羽矢。頂上に依代はあったのか?」
「蓮……あの山の頂上には、依代はなかった。ただ……見て欲しかったんだと思うよ。その景色が、お前の目にどう映るのかをな……その時に見た景色と重ね合わせて、お前がどう感じるのかを。総代が神仏混淆を残す事が出来ているのも、総代がどれ程の力を注いだか分かるよ。今はお前のところくらいだろ、そういう場所は」
「……泣いていたんだ」
「泣いていた? 誰が?」
僕の頬に触れる蓮の手の温度を感じながら、その言葉を胸に留めるように聞いていた。
「依が。そこにいたのが……依なんだ」
『おいで……依。俺は……何よりも、誰よりもお前がいい』