第27話 結界
「羽矢……」
「別に俺は、お前に神仏分離を迫っている訳じゃない。お前は総代の跡を継がなきゃならないんだからな。総代だって、分離は考えていないだろう。ずっと……総代が何を考えているのかを俺も考えていた。総代はお前の力を頼っている。総代が詳しく理由を言わないのも、表立って動けないのも、国に仕える総代が、国以外の事で動く事を許されないからだろう。いずれ国をも巻き込む事になろうと総代には分かっていても、その闇はそこにはないんだ」
「……気づいていた。だからお前、山に登ったんだな」
「ああ」
「蓮……羽矢さん……」
二人の手が僕に触れている事で、苦しさと痛みが少し緩和されているようだった。
「僕の……事は気にせず……神司を探して下さい……」
「依……」
「蓮……結界が……破られているんです……あの山……羽矢さん、言ってましたよね……抜け道があの山に繋がっていると……そもそもが禁足地になっていたんです。だから……道という道も出来ない……蓮も……分かっていましたよね」
「ああ……俺が進もうとした道は端境。神域と冥府を分ける空間領域だ。あの先へと進めば神域の先に冥府がある。下界から冥府に繋がる道が出来ているのはおかしいだろ。だが……」
「はい……だからあの場所に霊魂が浮遊していた……ですが元々あの場所は、神仏混淆の名残りがあるところ……霊魂があっても不思議はない……だけどそれは中陰の期間だけですよね」
僕の言葉に羽矢さんが答える。
「ああ。死してから、道が決まるまでの間の事だ。だが、霊魂が集まっているところに依代がある。人神があると分かった。依……お前は落ちたんじゃない。落とされたんだ。依代の供物としてな。だが、蓮がその力をお前を助ける為に使った。お前に呪いを掛ける事で、お前に宿った依代の力を奪っているんだ。人神はその名の通り、人を神として祀ったもの。当然、祀り方次第で大きく意味も変わる。そして、ここで一番の問題は……」
羽矢さんは、気鬱そうにも溜息をつくと、後を続けた。
「人神は、神号を与えられて神となる。例えば『天神』とかな。だがこれは特定の神の名じゃない。神格がつき、神号が確立すると、権現と言われ、それは神仏混淆と同じ。『天神』の姿は一つではなく、冥府の王と繋がる化身を作る事が出来る。三七日、二十一日目の裁きを行う宋帝王、本地……つまり、宋帝王の正体は文殊菩薩、変成王は弥勒菩薩、そして……閻王……地蔵菩薩だ」
僕の腹部に触れる羽矢さんの手が、怒りからなのだろう、僅かにも震えていた。
その怒りは、更に続けられる声からも伝わった。
「その人神を式神に出来たとしたらどうなる……意向が一致していれば、主も従もない」
「だから……この神社なんだろ。怨念を叶える神社なんだからな……」
「総代は国を守る為の官人陰陽師……目的は総代のような地位を狙っていたとしても、そんなやり方じゃ総代のような信頼を集める事は出来ないだろう。じゃあ、どうする。国そのものを、その力で押さえつける事が出来たら、祟りの恐怖で崇めるだろうな」
「羽矢……」
「そんな事になったら、俺もお役御免だ。全ての均衡が崩れる」
「……分かった」
「蓮……」
「羽矢……お前は仏の道を守れ。俺は神の道を守る。勿論、同時にだ」
「ああ。頼りにしている、蓮」
僕は、二人の強い決意に、腹部に置かれる蓮と羽矢さんの手に自分の手を重ねた。