第22話 常夜
下界に戻った僕と蓮。
羽矢さんが冥府から開けた門を抜けると、そこは紫条家だった。
僕の体が濡れていたからだろう。何も言わずにここに繋げるとは、羽矢さんらしい。
僕は着替える為に部屋に入った。
『……見つけた』
神司の声が、ふいに頭の中に流れた。
まだ……耳元で囁かれているように感じる。
濡れた衣を脱ぎ、耳に残った声を払おうと頭を横に振った。
『……大丈夫……』
「あ……」
神司に重ねられた唇。その感触を払う事が出来ず、気分が悪くなった。
ふらりとよろめいた体を支えようと、椅子に手を掛けたが……動揺している。
バランスを崩して、椅子と一緒に僕も倒れる。
床に椅子がぶつかる音が響いた。
「どうした? 依。なにか倒れた音がしたが、大丈夫か?」
部屋の外で待っている蓮が声を掛けるが、僕は言葉を返せなかった。
……蓮。もし……蓮がこの事を知ったら……どう思うのだろう……。
口を手の甲で拭う。それでも……消えない。消えない。消えない。
「おい、依? どうした? 依?」
蓮が僕を呼び続ける。
「依? 入るぞ」
扉が開くと、蓮が部屋に入って来た。
「依……!」
床に伏せたままの僕に、蓮が駆け寄って来る。
「どうしたんだ? 具合が悪いなら、寝ていていい。後の事は心配するな」
「……すみません……躓いてしまって……でも……大丈夫です」
僕は、起き上がると蓮を振り向いた。
「依……」
蓮の手が僕の頬に触れた。
「どうした? 口の辺りが赤くなってるぞ。ぶつけたのか?」
「いえ……あ……はい……多分……」
……言えない……。
蓮の手が僕の背中へと回る。
「立てるか?」
「はい……」
蓮の手を借りて、僕は立ち上がる。
段差のついている寝床。蓮は、そこに僕を座らせた。
そして蓮は、僕の衣を手に取り、羽織らせる。
「これ以上、体を冷やすのはよくない」
そう言うと蓮は、ふっと笑みを見せ、部屋を出ようとする。
「大丈夫です、僕も行きます」
僕は、羽織る衣に袖を通すと、立ち上がった。
蓮は、心配そうな顔を見せていたが、頷くと僕に手を差し伸べた。
「行こう、依」
「はい」
僕たちは、神司を探す為に外へと出たが、数多い神社を一つ一つ回るのは愚策だ。
日も暮れてきた事もあり、これ以上、時が経てば、今日はもう境内に入る事が出来なくなる。
羽矢さんが追わせた使い魔が、場所を突き止められたかを聞いた方がいいだろうと、羽矢さんの戻りを待っていた。
「蓮、依」
羽矢さんと合流する。
「羽矢、お前の使い魔は、場所の特定は出来たか?」
「それがな……」
「なんだ? 浮かない顔だな。期待出来ないという訳か?」
「いや……そうじゃない」
「ああ……お前が行きたくねえ場所って事か」
「よく分かったな?」
「お前が乗り気じゃないんだから、そこしかないだろう。まあ……お前には無縁な場所だろうな、羽矢」
「まあ……無縁だな……俺には理解が出来ねえ場所だ」
「俺にだって理解出来ねえよ」
話をしながら、羽矢さんが行く道をついて行く。
日が落ち、暗くなってきた。
羽矢さんは、足を止めると、肩を揺らす程の溜息をついた。
そんな羽矢さんの肩を、蓮がポンと叩くと口を開く。
「ここは常夜……夜だけの神の場所になると言われている。いわゆる……」
蓮の言葉を聞きながら、目の前にした神社の辺りを見回す。
確かに……ここは……。
木の幹には、釘を打ちつけられた跡がたくさんある。
跡だけではなく、何を打ちつけたのかも瞭然だった。
……人形。
「呪いの神社だ」