第20話 舟守
住職の誦経が済んだ後、その魂は閻王によって裁かれる。
そして、住職が言っていたように、そこに出来る僅かな隙に事が起きるとするなら、この場にその魂は現れない……。
「……藤兼」
閻王の低い声が静かに響いたが、その声色に怒りが見えた。
「承知」
羽矢さんはそう答えると、来たところへと戻るように向かう。
羽矢さんに手を引かれる僕。蓮が後を追う。
……現れなかった。
「羽矢っ……!」
「焦るな。既に使い魔を放っている。逃しはしない」
「お前……だから閻王に……。領域を広げたんだな」
「ああ。狭間があるとすれば、河原だ。稀に聞くだろう? 生死を彷徨ったってやつだ。途中で引き返しているって訳。だがそれは元の肉体に戻る訳だから、殊更問題じゃない。戻る事を許されたって訳だからな。つまり、だ……」
「それが抜け道になるって事か」
「その通り。そこにその術が成り立っているって事だ」
「成程な……そういう事か」
「ああ、そういう事だ」
羽矢さんが足を止めたところは、薄暗い中にうっすらと霧が立ち込めている河原だ。
微かにも聞こえる、水が跳ねる音。その音の中にギーギーと、軋ませるような音が混じっている。
それが何の音なのかは、霧の中に浮かぶ姿で容易に分かる。
水辺に浮かぶ舟の上に、姿が見えた。舟守だ。
「河を舟で渡るには渡し賃がいる。棺に入れる六文銭、今ではそれを描いた紙だ。だが……」
羽矢さんは、そう言うと河へと近づいた。
「生前にその取引が済んでいたなら、話は早い。対価以上を要求する事も可能だろう。例え、戻る体がなかったとしても、『依代』に与えればいい。だがそれは……復活の為の供物として、だ」
供物……。
『仏は祟らないが、神は祟る』
河辺に立つ僕たちの方へと舟が近づいて来る。
舟守の姿がだんだんとはっきり見えてきた。
「……到着がお早いようで、なによりです。お探しのものは見つかりましたか……?」
笠を深く被り、口元しか見えない。
舟守の口元が歪みを見せると、河の中に何かが落ちる音がした。
その音に、羽矢さんの表情が険しくなった。
「ああ……あまりにもうるさく周りを飛ぶものですから……始末させて頂きました、冥府の番人……藤兼 羽矢さん……そして……」
羽矢さんの……使い魔を……。
「紫条 蓮さん……お父上は協力を拒んでいるようですね」
「協力……だと?」
「ええ。『橋』ですよ」
「橋……」
蓮の表情も険しくなる。
「紫条家当主、紫条 流……彼だけが通る事を許された橋。全ての界より誘いし出でる……『神』という名を持って降り立つ式神……その境界を繋げている橋ですよ」
舟守は、笠に手を掛けると、顔を見せるように笠を上げた。
「ですから……」
言いながら顔を見せる舟守。
その顔が見えた時、僕と目線が合った。
……あ……。
「あなたに協力を求めましょう。紫条 蓮……」
「なに……?」
「だってあなた……」
舟守は、手にした笠をこっちに向かって投げた。
視界が塞がれる……!
「「依っ……!」」
蓮と羽矢さんの声が響くよりも。
……その動作は速かった。
「持っているではないですか。その依代を」
舟守に捕まえられ、間近で見る顔。
「依っ……! 依ーっ……!!」
蓮の声が大きく響く。
その声が、舟守と共に沈んだ河の中で遠くなっていく。
蓮の声は遠いのに、舟守の声は耳元で聞こえる。
「……見つけた」
そう言って、静かに笑みを漏らす舟守……この男……。
神司。