第19話 閻王
冥府の門が開かれた。
「依」
羽矢さんの手が僕に差し伸べられる。
僕は、蓮を振り向いた。蓮は、静かに頷きを見せる。
僕の手が羽矢さんの衣の袖を掴むと、羽矢さんは僕を導くように歩を進め出した。
僕と羽矢さんの後ろを蓮が歩く。
暗い中でも道が見えているように、羽矢さんは躊躇する事なく足を進める。
地蔵菩薩の光明が闇を晴らす。
その場所まで辿り着くと、羽矢さんは一度、深呼吸をした。
「今日はこの先を行く。今度は扉を開ける」
扉……。
五七日……閻王の裁きの時……。
その場所へと行くんだ……。
僕は、小さくも息を飲んだ。
羽矢さんの手がスッと動くと、光明の中から赤黒い空間が見えた。
僕たちは、その中へと入って行く。
入った瞬間に感じる、重苦しい空気感が、体を圧迫して来るようだった。
それは、目に飛び込んだものの大きさがあまりにも大きくて、威圧感を与えたからだった。
……閻王。
羽矢さんの寺院の堂に置かれている閻王の像の数倍の大きな姿……だがその表情は像と同じだ。
動かさずとも、周り全てが見えるというような大きな目は、睨みを効かせている。
その目がジロリと羽矢さんに向いた。
「……藤兼か。下界では経が唱えられているようだが、その法力も、心なき者には届く事もあるまい。如何に善を積もうとて、我が鏡は全てを知っている」
「それは承知の事……その裁き、見届けさせて頂くが、よろしいか」
羽矢さんの堂々とした振る舞いで、冥府での存在の大きさを知る。
「構わん。藤兼、お前のところからはここまで迷わずに来るが、何処ぞの導きであろう、河原で消える者がいる。我にせよ、河原を渡すべきでない者を渡しはせぬが、手を下す前に消えている。何か知らぬか」
……河原で消える……。
やはりそれは……抜け道と……。
「閻王……河原は奈落を含める三悪道に繋がる処。それは俺の領域外と知って訊ねられるか。それでも口にする事が可ならば、意見する」
「可とする。言ってみよ」
閻王の言葉を聞くと、羽矢さんは一歩前に出た。
「閻王の裁きは三十五日目。それが最後の裁きというが、裁きは七日ごと……道が決まる四十九日までには残二つ。四十二日目、変成王、四十九日目、泰山王の在は如何に。その為の地蔵菩薩では」
羽矢さんの言葉に状況を察した。
……不在って事か。
冥府と繋がっている羽矢さんなら、確かに気づく事が出来るだろう。
「我が言わずとも事を知るのは、下界での動きが何かあると気づいての事か。やはり藤兼……特にお前はこの場に相応しい。お前の後ろにいる者……お前の一存で我が前に来るとは、我との関わりを持たせるとの事か」
「関わり……」
閻王の言葉を拾う羽矢さん。その言葉を呟いた事に、閻王の目が動く。
羽矢さんは、ふっと静かに笑うと、閻王を真っ直ぐに見た。
「閻王……冥府の番人の名において、境界の隙間を見逃す訳にはいかない。それが務めとあらば、関わりは必然」
閻王は、羽矢さんを縛りつけるようにもじっと見続けていた。
羽矢さんは羽矢さんで、閻王の目線を受けたまま、動かなかった。
そんな堂々とした態度の羽矢さんに、閻王の口元が僅かに緩む。
そして閻王は、僕たちに視線を向けた後、こう言った。
「よかろう。可とする」