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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第5章 偈と詞
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第37話 縦横

「たった一つの存在……私はそれを望んだのだから」

「……そうだったな」

 当主様の言葉に、住職は穏やかな笑みを見せながら頷いた。

 住職の目線が羽矢さんへと変わる。

「羽矢」

 住職の呼び声に羽矢さんは、待っていたとばかりにクスリと笑みを漏らして答える。

「承知」

「一つも漏らす事なく、導きなさい」

「無論」

 数珠を握った手を振り、もう片方の手と組み合わせる。

 目を閉じると、法を説き始めた。

 天に鏤められたように広がった魂が、羽矢さんの説く法に反応を示すように、光が強弱を見せる。

 羽矢さんの声が止むと、羽矢さんは目を開け、数珠を持った手を天に向けて大きく振り切った。


「俺の領域に入れてやる」


 羽矢さんの持つ数珠へと、光が集まっていく。

 全ての光が羽矢さんの手元へと導かれた。

 羽矢さんは、ギュッと数珠を握り締めると、両手を組み合わせる。

 そして再度、目を閉じた。

 数珠へと集まった光が、スウッと吸い込まれるように消えていく。

 羽矢さんは、ゆっくりと目を開け、天を見上げた。


 一つも漏らす事なく……。


 羽矢さんは、天に一つの魂も浮かんでいない事を確認すると、ふっと笑みを見せ、数珠を袂に収めた。



「……父様」

 高宮の呟きが耳に流れた。

 既に来生の姿は見えなくなっていたが、高宮は、その姿が見えなくなっても、その場から動く事はなかった。

「……右京……」

 高宮を心配する回向だったが、どう言葉を掛けていいのか分からない様子だった。

 支えようと高宮の背に置いた手が、どうにも出来ないもどかしさを掴むように、ギュッと握られる。

 回向の手の動きを感じ取った高宮は、回向を振り向いた。

 高宮から離れる回向の手を、高宮はグッと掴み取る。

「右京……」

「まだ……ではないのですか?」

 高宮の言葉に、回向は少し驚いた表情を見せていた。

「あなたには、まだやるべき事が残っています」


 真剣な目を向ける高宮に、回向はその目を真っ直ぐに受け止めていた。

 近づいてくる水音に目線が動く。それは当然、河原の方だ。

 立ち籠めた霧の中に見える人影は、こちら側へと戻って来る神祇伯だった。

 ああ……そうか……。

 元々、葬送を司る氏族、水景。

 還俗し、神職者になっても、術がない訳じゃない。だがそれは、神式でも……という訳ではない。ここは冥府だ。


『来生と瑜伽が守り続けていた処……その処を作り上げ、その処を守り続けている』


 そもそも、『真人』という(かばね)

 氏族に与えられる姓の最上位ではあるが、高宮の神別は天孫……国主の血族だ。

 諱に隠された諡。そして、複数の諡号によって埋もれさせられていた……諡号。

 ……継承の流れが変わったんだ。

 だけど……どうして……。


 そんな事を考えているうちに、戻って来た神祇伯が舟から下りる。

「……瑜伽」

 当主様の呼び声に神祇伯は、静かに二度頷きを見せた。

「流……私にも後悔はない」


「親父……!」

 回向が神祇伯の元へと駆け寄った。

「親父も……身代わりになったんだよな……俺……」

「身代わりではない」

 回向の言葉を遮って、神祇伯は、はっきりとした口調で言った。

 「……親父」

 厳しい顔を見せていた神祇伯の表情に、笑みが浮かぶ。

 そして、続けられた神祇伯の言葉に、回向は理解を示し、笑みを返した。


「残さなくてはならない思いを、引き継いだだけだ。私にはそれが出来るのだから……やらない(すべ)はないだろう?」

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