表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処の境界  作者: 成橋 阿樹
第5章 偈と詞
180/182

第36話 本貫

独神(ひとりかみ)双神(ならびかみ)に地を託し、身を隠す……それは『空』に等しい事だと、言えるのではないでしょうか……」

 来生の言葉が流れると、神祇伯が舟を動かし始めた。

 高宮がその姿を追うように、河岸に立った。

 互いに合わせる目線に、多くの思いを伝え合った事だろう。

「私はそれでいい。それがいい……右京」

「……はい」

 思いを吐き出すような声だった。

 高宮の思いを受け取るように、来生はゆっくりと頷きを見せる。

 来生の姿が遠くなっていく。

 割れた河原が元に戻り、うっすらと霧が立ち籠めた。

 遠くなっていくその姿が霧に包まれ、次第に見えなくなっていく。

 それでも高宮は、来生が消えて行った方向を見つめ続けていた。

「……右京」

 回向が高宮を支えるように、背中に手を添えた。

 高宮は、回向を振り向くと、大丈夫と頷きを見せた。


「『空』……か。やはり……お前がいなければ、聞く事が出来なかった言葉だな……奎迦」

 当主様は、住職を振り向いて、静かに笑みを漏らした。

「流……」

 住職は、当主様をじっと見つめる。

 住職の真っ直ぐな目線に、当主様は笑みを止め、目線を河原へと戻すと住職に言う。

「……それでいい。そのままでいい。だから……このままでいい。……このままがいいと思っているよ」

 当主様が先に答えたのは、向けられた住職の目に、どのような言葉が含まれていたのかを分かっていたからだろう。

 住職も目線を河原へと戻したが、当主様が察していても、言葉は続けられた。


「『神社』である事に変わりはないからか。本来ならば、お前が持つべきものは……」

「奎迦」

 当主様は、穏やかな口調で笑みを見せながら、住職の言葉を止めた。

「私には、後悔など何もないんだよ」

「ふふ……そうだな……すまない。変わりはない、か。持つべきものは捨てた訳でも、捨てさせられた訳でもないものだ。そしてそれは、既にお前自身の中にあるのだからな……失う訳もないな」

「ああ、勿論だ」

 住職は静かに二度頷くと、話を続けた。

 

「来生と瑜伽が守り続けていた処……か。神仏分離が行われ、廃仏毀釈で寺は廃され、神社合祀で神社も廃された。流……お前の立場から言えば、反目も同然の事をお前は成し遂げたのだから……神仏混淆。その処を作り上げ、その処を守り続けている。今までも、これからも……な……」

「ああ。共に……な。それが互いの望みであるのだから、少しの苦もない」

「そうか……本当にお前には、頭が下がる」

 住職の言葉に、当主様はにっこりと笑みを見せた。

「それは私も同じだ、奎迦」


 当主様は、ふうっと息をつくと、こう口にした。

「……あの時、あの場所にいた、たった一つの存在……私はそれを望んだのだから」


 ……たった一つの……存在。

 他に目を向ける事なく、その存在だけを見つめていた……。


 ふっと頭に浮かぶのは、やはりあの光景だ。


『おいで……依』


 あの時、あの場所にいた、たった一つの存在……。

 他の何よりも、誰よりも。

 掴もうと互いに手を伸ばし合った。


 当主様にとってその存在とは……。


 ……柊だ。


『願いというものそれ自体が、全てにおいての呪縛……この手に掴み、離れる事なく、繋がっていて欲しいと焦がれる事に、失う術はないと、わたくしはお答え致しましょう』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ