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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第5章 偈と詞
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第35話 独神

「ここまでやらなければ、延々と続く呪いだ……」


 回向が指を弾くと、人魂に絡み付いていた縄が燃え上がった。


「調伏した金縛の縄を解縛(げばく)する」

 ……解縛。


 解縛された瞬間に、人魂が弾けて分散した。

 ゆらゆらと河原に人魂が漂う。


 呪縛なしの調伏には。

 ……慈悲しかない。


 燃えていく縄を見つめながら、回向が呟くように蓮を呼ぶ。

「……紫条」

「……言っただろ。俺に伝える言葉など、時を無駄にするだけだ」

 そう返した蓮に、回向は苦笑する。

「言葉にしなければ……分からない事だってあるだろ」

「言い訳を聞けと言うのか? 言わなくていい言葉だってあるだろ。自身の行為を認めて欲しいと伝えれば伝える程、歯車が狂うんだよ。何の為……誰の為……平等を謳っておきながら、実際の行為は平等にはならない。それが現実だろ……」

「紫条……」


「羽矢」

 蓮の呼び声に、羽矢さんの手が動く。

 数珠を握った手が、河原を動かすように振られると、河原の裂け目から、龍が飛び出してきた。

 水飛沫がキラキラと光を放つ。その一つ一つが、分散した人魂へと入り込むように降り落ちていった。


 ……綺麗だと思った。


 天高く昇り、まるで、空に(ちりば)められた星のようだ。

 その中で強い光を放つものが一つだけある。

 蓮は、強い光を放つ人魂を示すように、手を龍から人魂へと滑らせる。

 その動きに反応して、龍が人魂へと向かった。

 龍が魂を飲み込むと、光が弾け、真っ白な光が広がった。

 一瞬、光以外、何も見えなくなったが、光が和らぎ、辺りを映し出す。


「流……!」

 神祇伯の乗る舟から声が響いた。

 その声に当主様は、声を詰まらせた。

 ……当主様……。

 声の主へと目を向けたままの当主様に、住職が近づき、背中を押す。

 当主様は、ゆっくりと河岸に足を運ぶ。

「……来生……」

 高宮の……父親だ。

 衣冠姿で現れたその姿は、高宮と見紛う程によく似ている。


 此岸と彼岸。

 神祇伯が乗る舟は、彼岸側だ。

 当主様の手がぎゅっと握られた。

「……長い時を繋ぎ止めたな……来生」

 そう呟くと、当主様は寂しげに微笑んだ。

 当主様の言葉に、声が返ってくる。

「後悔していると答えて欲しくはありませんが……」

「後悔など……しているものか」

「それならば良かった。ですが……後悔しているのは、どうやら私の方だったようですよ、流」

「ああ……だから待たせた……待たせてしまった」

「そうですね……分かっています。分かっていたのに、納得する事が難しかった……それがこの結果を招いたのでしょう」

「神仏分離で廃仏毀釈……後の神社合祀で居場所をなくした。飲み込まれていく霊魂には、その姿が消えぬようにと、力を示す神号を重ねていく事だけだ……」

 当主様はそう答えると、深い溜息をついた。

 高宮の父親は、ふふっと静かに笑うと、当主様に答える。

「その神号も結び付きを奪われれば、祖神(おやがみ)さえも奪われる……祖神とは、氏族の系譜に於いても、地位を成り立たせ、引き継がれるもの……それは天地開闢の根源までをも、大きく左右する事でしょう」

「そうだな……」

 当主様は、また寂しげな笑みを漏らした。

 当主様と高宮 来生の視線が重なったまま、間が開いた。


 言葉を交わす時に限りなどないのならば、この間が開く事はなかったのかもしれない。幾多の思いを語り合えば合う程、終わりはないと互いに気づいているからだ。

 それに……多くを語れる時を、この界は与えはしない。


『また明日』は……ないのだから。


「……流」

 住職が当主様に時を告げる。

 当主様は、分かったと頷いた。

 神祇伯が舟を動かし始める。

 別れの悲しみを和らげるように、来生の声が緩やかに流れていった。


独神(ひとりかみ)双神(ならびかみ)に地を託し、身を隠す……それは『空』に等しい事だと、言えるのではないでしょうか……」

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