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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第5章 偈と詞
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第34話 解縛

 蓮と回向が結んだ印契は、九つ……九字法だ。護身法とも言えるものだが、これには調伏も含まれている。


 蓮と回向の声が重なった。


「「急急如律令……!」」


 蓮が投げた符が人魂に張り付き、人魂が放つ火の勢いを抑え込んだ。

 だが、人魂の勢いは留まる事なく、張り付いた呪符を燃やそうと、火を膨らませる。

 抑え込んでも抑え込んでも、火は消える事はなく、足掻き、暴れているようだった。

 人魂を囲んでいた呪符が燃えれば、呪符の結界を破り、人魂の領域を広げるようにも大きく膨らむ。

 ……この怨念は深い。

 高宮の父親の魂にまで及んでいた怨念。

 絡みつく呪いを断ち切るには、調伏せざるを得ない事は僕にも分かった。

 ……呪縛。

 そんな言葉を思い浮かべながら、僕の目は、向かい側にいる神祇伯と、周囲にいる蓮たちへと動く。

 此岸と彼岸。

 膨らむ怨念は(あいだ)。人魂に逃げ道はない。

 祟り神の格付けが黄泉によってなされるなら、黄泉から河原へと連れ出された人魂は、裁きの対象だ。



「回向……!」

 蓮の声が響くと同時に、回向が新たに印契を結び、同時に真言を唱え始める。

見我身者(けんがしんじゃ) 発菩提心(ほっぼだいしん) 聞我名者(けんがみょうしゃ) 断惑修善(だんわくしゅぜん)……」

 更に印契を結び、真言が続いた。

(おん) 枳利枳利(きりきり) 吽発叱(うんはった)……」

 尚も続く真言に、結び変えられる印契。真言も印契も、その数は通常では覚え切れない程の量だった。


 印契を結んだ時に捲れた袖から、不動明王の種子字が見える。

 この呪法は、不動明王と一体化を成して行うものだ。一体化が出来なければ、この呪法に効力はない。

 蓮が言っていたように、回向の力は、かなり大きいものだと……圧巻だった。

 羽矢さんにしても、存在するほぼ全ての経典が頭に入っている。

 そして蓮も……。

 蓮には経典も聖典もない。

 伝授される全てのものを、即座に理解し、自分の力に変えている。

 当主様も住職も、勿論、神祇伯も相当な力の持ち主だ。


 それ程までの力を持つ者たちを前に、足掻く事が出来るこの人魂……普通じゃない。

 普通であれば、足掻く事も出来ずに抑え込まれるはずだ。

 一体、何がそこまでに変えてしまったというのだろう。

 そもそも、回向が行なっているこの呪法……調伏は勿論の事だが、それだけではきっと終わらない。

 人魂を調伏するにあたって、複数の呪法を使っている。

 護身として不動明王と一体となり、人魂の怨念を金縛する為の結界を張っている。

 そして、それを一区切りとするように、回向の手が大きく振られ、九字を切った。

 バチッと音が弾けたかと思うと、人魂が縄のようなものに縛り上げられている。


 動きが……止まった。


 火の玉と化していた人魂が、うっすらと白い色を戻す。

 辺りに広がった赤い霧が、スウッと消えていった。

 回向は、ふうっと息をつくと、目を伏せ、呼吸を整える。

 人魂の色が青白く変わった。

 調伏出来たのだと分かったが、やはりここでは終わらない。

 回向の目線が人魂へと戻る。


「お前も本領発揮だな……回向」

 蓮は、そう言ってクスリと静かに笑みを漏らした。


 腕に刻んだ不動明王の種子字。

 振り上げた腕に力が入った。


 総印明が結誦される。

 発揮される回向の力に、高宮は安堵の表情を見せていた。

 きっとそれは、自身の後悔が打ち消される瞬間であったのだろう。


『あなたにとって道を阻む事になったのは、とても残念な事ですが』

 時折、見せていた寂しげな表情。その感情を押し込むように、後悔などしていないと、強気な感情で蓋をしているように見えた。


 人魂を見据えながら唱えられる真言が強く響く。

「唵 阿毘羅吽欠蘇婆訶(あびらうんけんそわか)

 そう唱えた回向が指を弾くと、人魂に絡み付いた縄が燃え上がる。

「ここまでやらなければ、延々と続く呪いだ。調伏した金縛の縄を……」

 回向は、縄が燃えていく様を見つめながら、言葉を続けた。


解縛(げばく)する」

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