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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第5章 偈と詞
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第33話 無極

 神祇伯の言葉が、はっきりと映し出されるようだった。

『鬼と称すは人魂。怨敵四魔を破る祭文。罪穢れを移す祓詞は、閉ざされた戸を開き、闇を解除する』

 人魂が鬼……神祇伯が言った四魔とは、煩悩の事だ。


「お前が持っているものに、俺が持っているものが、相重なるだけだ」

 そう言った蓮に、回向が答える。

「空っぽであるという『空』には、無の中にある有を以って相即とする。それが自然だ。つまりは生死即涅槃は空を説く」


 回向の言葉に、羽矢さんは笑みを見せる。

 羽矢さんの笑みに、僕は察する事が出来た。

『お前は託されているんだよ』

『還相回向……それでもお前はその名を嫌うか?』


 自然虚無無極……だ。

 だから……回向なんだ。

 生は一度きり……だが、この界には輪廻転生という概念が存在する。

 自己一身である生に、因果応報が結びつくのは、一身で罪を償い切れず、子孫にまで及ぶという、正しいとは言えない結びつきだ。

 だからこそ、往生成仏するに至っての還相が必要となってくる。



 蓮と同時に回向は印契を結び切った。

 人魂に張り巡らせた呪符が、グルグルと周る。

 蓮が印契を結び切り、同時に回向も印契を結び切る。

 即座に印契を結び切れるのは、見様見真似なんかではない。回向はその術を知っているという事だ。


 人魂は、火の勢いを強め、呪符を焼き尽くそうとするが、呪符が燃える度に、呪符が増えていく。

 これが怨念の強さなのか、呪符だけでは押さえ切る事が出来なさそうだ。

 当主様は、蓮に託したのだろう。それは回向と高宮の為でもあるのだと分かった。


『お前の罪……俺が祓ってやるよ』



「紫条……お前は……」

 人魂が呪符に押されていく中、逃れようと暴れる人魂を見据えながら、更に印契を結ぶ回向は、蓮に言う。

「このやり方で……祓い切れると思っているのか」

「馬鹿かお前は。くだらねえ質問しているんじゃねえ。思っているからやっているんだろーが」

「……紫条……」

「葬送は仏式……高宮の父親は、誰が送った? 俺にはその答えは、一つしか見えねえんだよ」

 怨念を吐き出そうとするようにも、人魂が火花を撒き散らした。


「葬送を司る氏族『水景』……お前の父親が国に属し、神祇伯となったならば、その葬送を行ったのは……」

 呪符が破られ、燃えていく。人魂は更に大きく炎を上げ、膨らんだ。

 河原が大きく波を立て、荒れる。

 水飛沫が霧のように舞ったかと思うと、辺りを真っ赤に染め上げる。

 赤い霧だ……まるで……血のように……。


 蓮の言葉を聞く回向は、歯を噛み締める。

 蓮は、回向の抱えた思いを砕くように、大きな声で言った。


「お前しかいねえんだよっ……! 水景 回向!」


 あの時、後悔を示すようにも呟いた回向の言葉……。

『道が……狂ったんだ……』

 そして……。

 高宮が口にしたあの言葉も、今ここで成り立った……。


『願いを叶えるのは、神であるのか仏であるのか……と。彼はそれを使い分ける事が出来ますからね』


 蓮が呪符を構えた。

「分かってるな? 知らないとは言わせねえぞ、回向……いや。お前が呼んでくれと言っていたように呼んでやるよ……半俗()()……!」

 蓮の言葉に、回向の表情がもどかしそうにも歪んだが、験者であった回向には届いたはずだ。


 それが伝えられた事が、同時に放たれた詞によって表された。

 蓮と同じ詞を口にした回向の表情は、迷いを払拭し、決意を固めた真剣な表情だった。



「「急急如律令……!!」」

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