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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第5章 偈と詞
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第32話 虚無

「これで間に合ったか、高宮」


 鬼に変わらない内に……。


「まだです、紫条さん……! まだ……!」

 魂に張り巡らせた呪符に火が点き、燃え上がる。当主様は魂へと再度、呪符を張り巡らせた。

 うっすらと白かった魂が、火の玉に変わった。

 神祇伯の手に檜扇が握られる。

 ……調伏。

 瞬間的に、そう言葉が思い浮かんだ。

 呪符を燃やそうと、火の玉が次第に大きくなっていく。

 蓮は、それでも少しも動じる事なく、呆れたように溜息をつくと言う。

「まったく……各々の価値基準に敵う者を立てるとしたなら、足掻けば足掻く程、失敗すると、誰か教えてやらなかったのかよ。誰もが神になれると思うなよ?」

 ……失敗って……。

「何を言っている、蓮。失敗したら失敗したで、それでも自身の価値に敵うんだろーが」

「はは。そうだったな、羽矢」

 ああ……そうか。

 だから……鬼に変わらない内と……。

 尸解に失敗した者は、神になる事は出来ず、鬼に変わる。

 神になれなくとも、鬼にはなれる。

 それはまた、違う意味での理想となるのだろう。

 だけど、尸解出来たとしても、まだ生きている状態から尸解するのと、死してから尸解するのとでは格が違う。

 生きているのか、死んでいるのか……そう蓮が気にしていたのは、尸解した状態がどうであったのかという事だろう。


「おい、蓮。いい加減、呑気に構えていないで、どの道に送るのか、さっさと決めてくれ」

 河岸に立つ羽矢さんは、そう言うと、大きく袖を振った。その瞬間に、黒衣が法衣に変わる。

 そして、羽矢さんに並んで住職も黒衣の袖を振り、法衣に変えた。

 ……浄界への導きの準備を……?

 向かい側の神祇伯は調伏を示し、羽矢さんと住職は浄界へと導く事を示しているようだった。


「そう急かすなよ、羽矢。どの道、執着を断たなければ、浄界にだって送れないだろ」

「ははっ。相変わらず余裕な事だな? まあ、この河原に連れて来る事が出来た時点で、その道を説くのも難解な話なんだがな。正直、気が進まねえ」

「それでもやるのが、お前のいいところだ、羽矢」

「蓮、お前に褒められる時程、大きな仕事はないんだよ」

「それなら、やり甲斐があるって訳だろ?」

「はは。人使いが荒いな」

 羽矢さんは、そう答えると、手に数珠を握った。


「こっちはいつでもいいぞ、蓮」

「ああ、分かった。じゃあ……こっちは……」

 蓮の手が印契を結ぶ。


「回向」

 蓮は、印契を結んだまま、回向を呼んだ。

「それでもお前は、道が違うと言うか?」

「……馬鹿を言うな」

 回向は、決まり悪そうにも苦笑しながら、蓮の元へと向かう。

 そして、蓮の隣に立つと、手に印契を結んだ。

 ……蓮と同じ印契だ。


「ついて来いよ、回向」

「ああ、お前が先だからな、紫条」

「ふん……やっと気づいたか。だが俺は、順序なんかどっちだっていい。お前が持っているものに、俺が持っているものが、相重なるだけだ。ただ……」

 蓮は、言いながら印契を結び変えると、回向も蓮と同じ印契に結び変える。

 蓮の言葉の後を、回向が続けた。


「ああ。紫条……お前の道には()を語り、俺の道にはその虚を無と説き、有を置く……ただ、空っぽであるという『空』には、無の中にある有を以って相即とする。それが自然だ。つまりは」


 蓮と回向の手が、同時に空を切った。

 はっきりとその言葉を言った回向に、羽矢さんは笑みを見せた。


「生死即涅槃は空を説く」

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