第31話 鬼道
「呪いなら、話は別だ」
……呪い……。
当主様の手にある魂は、高宮の父親のものではない事は分かっていた。
気を有して、姿を有する。気を有する事で、生を成す。
魂があるからこそ、その姿が存在出来るという事だ。
神の姿を見る事は出来ない……だからこそ、目に捉える為の依代を置く……。
見えない姿の存在を示す為の姿は、依代のように『器』でしかない。
「蓮」
当主様へと向かう蓮を、羽矢さんが呼んだ。
羽矢さんを振り向く蓮。二人の目線が重なり合う。
少しの間を置いて、蓮が口を開いた。
「それでも……お前と俺は変わらないと……俺は思っている」
蓮の言葉に羽矢さんは、分かっていると、小さく二度、頷きを見せた。
互いに進む道は違っていても、進む中でも道は交差し、重なる道もあるからだ。
理解を示す羽矢さんに、蓮はふっと笑みを見せると、言葉を続ける。
「輪廻転生……俺の進む道には、その概念はないんだ。生は一度きり……死した後、再び生まれ変わる事はない。だから……」
蓮の目線が高宮へと変わる。
高宮をじっと見つめながら、蓮は言った。
「代々、呪われ続ける謂れもない。受け継がれる呪いなど、ありはしない。お前が背負う事もないという事だ」
「……紫条さん」
「分かってるよ。お前が言っていた言葉の本当の意味」
クスリと笑みを漏らすその仕草は、いつもと変わらず、少しの恐れも見えはしない、余裕を持った表情だ。
「尸解した者は別だからな……?」
そう言って蓮は、意味を含めた目線を高宮に送った。
ああ……そうだ。
生は一度きり……だけど。
尸解した者というのは、不老不死を意味させるものでもあり、殻を出るようにも抜け出した魂は、神になれるという。
魂が抜け出したその体は、腐敗する事なく、そのままの姿を残し続ける。
それは、死した後でも変わらず、だ。
高宮は、納得を示すように深く頷くと、蓮に言った。
「紫条さん……やはりあなたでなければ、解く事は出来ない……あなたなら解く事が出来ると思っていました」
「だから協力を求めたんだろ?」
ニヤリと口元を歪めて笑う蓮。
意味ありげなその仕草に、高宮は苦笑する。
「自信過剰であったならば、期待外れになりますからね……?」
高宮も負けじとそう答え、クスリと笑った。
「言ってくれるね。まあ……それでも」
蓮は、まだ向かい側にいる神祇伯へと目線を向けながら言葉を続ける。
「神祇伯が口にした『解除』とは、祓う事を意味しているからな……お陰で何を祓うかを、目に見えて分かるようになった」
当主様の側へと立つ蓮は、当主様に合図を送るように頷きを見せる。
蓮の頷きに、当主様は魂から手を離すと同時に、印契を結んだ。
バチッと弾けるような音がし、宙に浮いた魂を囲むように呪符が張り巡らされた。
蓮は目を閉じると、顔の前に指を立て、呪文を唱え始める。
魂がパチパチと、何かを放つようにも音を立てている。
その様子をじっと見つめていた住職は、羽矢さんと共に河岸に立った。
住職は、向かい側にいる神祇伯へと合図を送る。
住職の合図に神祇伯は、深く頷きを見せた。
蓮がゆっくりと目を開ける。
「これで間に合ったか、高宮……」
蓮は、魂へと目を向けたまま、高宮に言った。
『早く追い掛けた方がいいですよ……』
「鬼に変わらない内に……だったよな……?」