第30話 尸解
「元々、国を統治していた神は何処に消えたか……」
龍に飛び込み、混ざり合った羽矢さんの使い魔。
河原の裂け目に飛び込んだのは龍だったが、戻って来たのは羽矢さんの使い魔だった。
……そうだったんだ。
使い魔が龍に飲み込まれたんだと思っていた……羽矢さんが龍に飛び込ませたんだ。
「捕まえた」
羽矢さんに目を向けながら蓮は、言葉の続きを答える。
「黄泉だ」
底根の界の主宰が与えたものは、祟り神の……格付け。
使い魔の大蛇が咥えていた白い玉は魂だ。羽矢さんは魂を手にすると、使い魔の背から飛び降りた。
「総代」
羽矢さんの手から、当主様へと魂が手渡される。
当主様は、手にした魂に目線を落としながら、口を開いた。
「気を有して、姿を有する……気を有する事で、生を成す……か」
当主様はそう言うと、遠くを見つめながら、寂しげな笑みを浮かべた。
そして当主様は、高宮へと目線を向ける。
蓮が行けと高宮の背中を押した。
「……紫条さん……」
「必要な魂だったんだろ。行けよ」
高宮は、少し戸惑った顔を見せながら、当主様の方へと一歩一歩、ゆっくりと歩を進めた。
そして、当主様が手にする魂に目を向けると、ギュッと手を握り締めた。
歯を噛み締める様子が、悔しさを伝える。
あの魂は……。
高宮の手が、その魂へ手を伸ばそうと動きを見せるが、高宮は決断に迷っているようだった。
高宮の少し後ろに立った蓮に気づく高宮は、振り返る事なく口を開いた。
「……どうでもいい事だったんです。その真実を知るまでは……」
そう答えると、心を落ち着かせるように、ふうっと息をついた。
何度か、魂へと伸ばそうとしていた手が、力を落として距離を置く。
「……紫条さん……」
高宮は、力無く笑うと、肩越しに蓮を振り向いて言った。
「総代の手元にあるとはいえ、もし私が握り潰したとしたら……どうするつもりだったんですか。審理に至るまでもなく、地獄に送る事が出来るとすれば、この処でしかないと……あなたは……その機会を私に与えた訳ではないでしょう」
「……そうだな」
蓮は、クスリと笑みを漏らして高宮に答える。
「お前には出来ないと思っているからな」
蓮の言葉に高宮は、苦笑を見せた。
「それは……あなたがいる限り、ですか?」
「俺だけじゃねえだろ」
そう答えた蓮に、高宮の目線が周囲を巡った。
「……右京」
二人には二人の抱えた思いが、通じ合っているのだろう。
回向の呼び声に、高宮は深く頷くと笑みを見せた。
「羽矢……お前がさっき言った事だが」
「うん? それがどうした?」
「死者を生き返らせる事が出来ると、誰が言ったか……」
「……ああ、全ては道から始まるってやつだろ」
「まあな……」
「天地開闢、それより以前に動き出していたのは道……ね。まあ……それは簡単じゃないな」
「ああ、簡単じゃない」
「目に見える道は道ではない……根源って訳だろ。理解は出来るが」
羽矢さんの言葉に蓮は頷き、答える。
「その道を得た者は、生き返る事が出来る……だがそれは、体から抜け出した魂の向かう処にあるという事だ」
「成程ねえ……」
「蓮」
当主様が蓮を呼び、蓮は歩を踏み出す。
当主様と蓮は、陰陽師だ。陰と陽、生と死の相即。
陰陽師が使う呪術には、死者を生き返らせる事が出来るという期待と願望は、重荷にさえ感じられる。
だけど蓮は……。
堂々とした態度で、蓮は笑う。
「俺も父上も、死者を生き返らせる事には否定的だ。だがこれが……」
迷いなどない、自信を持った声が、言葉を作った。
「呪いなら、話は別だ」