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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第5章 偈と詞
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第29話 九相

「天津霊を神と言い、国津霊を祇と言う。鬼と称すは人魂。怨敵四魔を破る祭文。罪穢れを移す祓詞は、閉ざされた戸を開き、闇を解除する」


 神祇伯の手が、水面を切るように動いた。ゴゴッと地を割るような音がし、河原が二つに分かれた。

 神祇伯の頭上を巡っていた龍が大きく身をくねらせ、河原の割れた隙間に飛び込んでいく。


 水飛沫が勢いよく跳ね上がり、神祇伯の姿が見えなくなった。

 龍が飛び込んだ事で、河原が荒れる。

「親父っ……!」

 回向が叫ぶ。

 跳ね上がった水が河に戻ると、神祇伯の姿が目に捉えられた。

 ホッとしたのも束の間で、大きく波を打った河原の水が、神祇伯の乗る舟を揺らし、割れた河原の向こう側へと押しやった。

 神祇伯の姿が遠くなっていく。

 不安を露わにし、水辺に足を踏み込む回向を羽矢さんが止めた。

「なんで止めるんだよっ! 羽矢……!」

「お前が行ったところでどうなる」

「……どういう意味だよ……役に立たないと言っているのか?」

 不服そうに顔を歪める回向に、羽矢さんは言う。

「そうじゃない、逆だ」

「逆……?」

 怪訝な表情で、眉を顰める回向に、羽矢さんは、静かに笑みを見せる。

「回向……お前が神祇伯を信じなくてどうするんだよ」

「……羽矢」

「九相は知っているだろ」

「……ああ」

「死したその姿が朽ち果て、骨となるまでを九段階に分けて表したものだ。生前の姿など見る影もなく、腐敗していく。最後には骨しか残らない。(もがり)にしたって、その姿が朽ち果てていくのを目にしていく事で、死を認める訳だが、朽ち果てるまでは生き返ると信じて、復活を祈るという訳だ……復活を願う事は、その器への執着だろ。殯の時が長くなればなる程、その姿が朽ち果てるまでの時も長くなる。それは腐敗を食い止めているという事だ。その器から離れられないという執着だろ」

「……羽矢」

「九相は逆だ。姿というその器に、執着する事が煩悩なんだよ。朽ち果てて、骨となっていくその姿を目にする事で、その姿こそが器であり、器に執着する事から離れる事を、初めから意識させる為のものだ」 

 そう言ってから羽矢さんは、蓮に目線を向けると蓮に言う。


「死者を生き返らせる事が出来ると……誰が言ったんだろうな」

「ふん……功徳の積み方を知らないから、そんな事が言えるんだよ。それは執着を捨てられないって事だろ」

「じゃあ……」

 言いながら羽矢さんは、住職へと目線を向けた。

 羽矢さんの目線を受け止めると、住職は言葉を返すように頷きを見せる。

 羽矢さんと住職の足が、同時に一歩を踏み出した。


 龍が飛び込んだ裂け目から、黒い影のようなものが噴き上がった。

 黒衣の袖をバサリと揺らし、羽矢さんは、割れた河原を見つめ、クスリと笑みを漏らす。


「本領発揮といきますか」


 羽矢さんはそう言うと、大きく腕を振り上げ、その手に大鎌を握った。

 噴き上がった黒い影が辺りを黒く染めていく。

 その影へと飛び込むように、羽矢さんが向かった。羽矢さんの姿が黒い影の中へと消えていく。

 住職が影を切るように腕を振った。バッと風が影を切り裂き、吹き飛ばす。


 蓮は、羽矢さんの方を見つめながら、ゆっくりとした口調で高宮に言う。

「国譲りの交渉は既に済んでいた……じゃあ……元々国を統治していた神は何処に消えたか……」


 割れた隙間に飛び込んだ龍。だが……。


 そこから戻って来たのは、羽矢さんの使い魔である大蛇だった。

 大蛇の口には、うっすらと白い玉のようなものが咥えられている。

 使い魔の背に乗る羽矢さんは、その玉を手にするとクスリと笑って言った。


「捕まえた」

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