表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処の境界  作者: 成橋 阿樹
第5章 偈と詞
171/182

第27話 格式

 回向を振り向いて言った蓮の言葉に、回向は蓮の目線を受け止められずに、目を伏せた。

 ここまできて、何故、そんな表情を見せるのかと、僕は疑問に思った。

 蓮は、回向のそんな様子に、ふっと笑みを漏らすと、神祇伯へと目線を戻す。

「……勘違いするなよ、回向。神祇伯の境地は狂ってなどいない」

「……紫条」

 落ち着きのある蓮の声に、回向は蓮に視線を向けたが、蓮は神祇伯を見つめながら言葉を続けた。


祓詞(はらえことば)ってな……参列した者に聞かせるものなんだよ」

「……だから……なんだよ……そんな事は……」

「なあ……高宮」

 回向の歯切れの悪い呟くような声に、蓮の声が高宮に向いた。

「……紫条さん……」

「天も地も元より神世……神が天と地を創り、国が生まれたとする国生みの思想……」

 言葉と共に蓮は、高宮に視線を向けた。

 互いに目線を合わせているが、言葉の間が開く。


 蓮の真っ直ぐに向けられる目線。間が続かず、高宮は誤魔化すようにも苦笑を漏らした。

 高宮は、蓮が何を思っているかを察したのだろう。

 理解するに難はないと、蓮は高宮に語り掛けるように話を始めた。


「『神世を求めたこの国は、国主こそが神であり、国そのものが神世の象徴』……そう神祇伯が言っていただろ。国が生まれる中で、国を統治する神も生まれ、国が生まれる度に、統治する神も増えていく。だが、元々そこには国を統治していた神がいた」

「……地神の話……ですか……」

 苦笑を見せながらも高宮は、蓮から目線を外す事はなかった。

 蓮が口にする言葉が、自身が思うものと一致するかを確かめるようにも見えた。一致している事を願うようにも、その目は蓮に真っ直ぐに向けられていた。

 蓮は、言葉を続ける。

「元々統治していた神から、国を譲り受ける為の交渉に向かった神は、その地に馴染み、戻る事はなかった……国譲りと言えば聞こえはいいが、その言葉だけで簡単に片付けられるものだったか」

 その言葉に、高宮が答える。

「国譲りの承諾は既に済んでいた……そう答えたら、どう思われるでしょうか」

「ならば、その承諾の経緯にあったものが、善か悪かと問われたら、はっきりと答える事は出来るか」

「……難しいですね」

「そうだろうな」

 蓮は、そう答えると、高宮から目線を外した。

 そして、人形が沈んだ河原をじっと見つめ、蓮はそれ以上、口を開かなかった。


「紫条さん」

 高宮は、口を開くのを急かすようにも呼んだが、蓮は目線を変えず、口も開こうとしない。

 ただじっと……じっと河を見つめ続けている。その表情は真剣で、それ以上、声を掛ける事が出来ない雰囲気だった。

 高宮は、諦めた様子で溜息をつくと、蓮から目線を外し、目を伏せた。

 その様子に羽矢さんは、少し困ったように息をついたが、蓮の考えも思いも察しているのだろう。心配するなと言うように、高宮の肩をポンと軽く叩くと、蓮の直ぐ隣に立った。

 蓮は、隣に立った羽矢さんに、ちらりと目線を向けたが、また直ぐに河原を見つめる。


 人形が河に沈んでからは、静かだった。

 ……呪詛返し……。

 祝詞の改変……。

 神祇伯は、舟から下りる事もなく、河原に身を置いたままだ。

 当主様も住職も、神祇伯を見守っている。


「……なあ……回向……」


 蓮は、河原を見つめたまま、回向に言った。

 回向の目線が蓮に向く。


 ゆっくりと回向を振り向く蓮の目には、何の感情も捉えられない。


 回向を見ながら続けられた蓮の言葉。

 その声も、何も感じ取る事が出来ない、淡々としたものだった。


「俺が祓ってやるよ……お前の罪」



 ……蓮……。


『何を差し出したとしても、お前には謝罪の条件にしかならない。謝罪が出来る為の条件だ。有利になどならない事は、分かっている事だろう。取引じゃない。罪だと認めるという事だ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ