第27話 格式
回向を振り向いて言った蓮の言葉に、回向は蓮の目線を受け止められずに、目を伏せた。
ここまできて、何故、そんな表情を見せるのかと、僕は疑問に思った。
蓮は、回向のそんな様子に、ふっと笑みを漏らすと、神祇伯へと目線を戻す。
「……勘違いするなよ、回向。神祇伯の境地は狂ってなどいない」
「……紫条」
落ち着きのある蓮の声に、回向は蓮に視線を向けたが、蓮は神祇伯を見つめながら言葉を続けた。
「祓詞ってな……参列した者に聞かせるものなんだよ」
「……だから……なんだよ……そんな事は……」
「なあ……高宮」
回向の歯切れの悪い呟くような声に、蓮の声が高宮に向いた。
「……紫条さん……」
「天も地も元より神世……神が天と地を創り、国が生まれたとする国生みの思想……」
言葉と共に蓮は、高宮に視線を向けた。
互いに目線を合わせているが、言葉の間が開く。
蓮の真っ直ぐに向けられる目線。間が続かず、高宮は誤魔化すようにも苦笑を漏らした。
高宮は、蓮が何を思っているかを察したのだろう。
理解するに難はないと、蓮は高宮に語り掛けるように話を始めた。
「『神世を求めたこの国は、国主こそが神であり、国そのものが神世の象徴』……そう神祇伯が言っていただろ。国が生まれる中で、国を統治する神も生まれ、国が生まれる度に、統治する神も増えていく。だが、元々そこには国を統治していた神がいた」
「……地神の話……ですか……」
苦笑を見せながらも高宮は、蓮から目線を外す事はなかった。
蓮が口にする言葉が、自身が思うものと一致するかを確かめるようにも見えた。一致している事を願うようにも、その目は蓮に真っ直ぐに向けられていた。
蓮は、言葉を続ける。
「元々統治していた神から、国を譲り受ける為の交渉に向かった神は、その地に馴染み、戻る事はなかった……国譲りと言えば聞こえはいいが、その言葉だけで簡単に片付けられるものだったか」
その言葉に、高宮が答える。
「国譲りの承諾は既に済んでいた……そう答えたら、どう思われるでしょうか」
「ならば、その承諾の経緯にあったものが、善か悪かと問われたら、はっきりと答える事は出来るか」
「……難しいですね」
「そうだろうな」
蓮は、そう答えると、高宮から目線を外した。
そして、人形が沈んだ河原をじっと見つめ、蓮はそれ以上、口を開かなかった。
「紫条さん」
高宮は、口を開くのを急かすようにも呼んだが、蓮は目線を変えず、口も開こうとしない。
ただじっと……じっと河を見つめ続けている。その表情は真剣で、それ以上、声を掛ける事が出来ない雰囲気だった。
高宮は、諦めた様子で溜息をつくと、蓮から目線を外し、目を伏せた。
その様子に羽矢さんは、少し困ったように息をついたが、蓮の考えも思いも察しているのだろう。心配するなと言うように、高宮の肩をポンと軽く叩くと、蓮の直ぐ隣に立った。
蓮は、隣に立った羽矢さんに、ちらりと目線を向けたが、また直ぐに河原を見つめる。
人形が河に沈んでからは、静かだった。
……呪詛返し……。
祝詞の改変……。
神祇伯は、舟から下りる事もなく、河原に身を置いたままだ。
当主様も住職も、神祇伯を見守っている。
「……なあ……回向……」
蓮は、河原を見つめたまま、回向に言った。
回向の目線が蓮に向く。
ゆっくりと回向を振り向く蓮の目には、何の感情も捉えられない。
回向を見ながら続けられた蓮の言葉。
その声も、何も感じ取る事が出来ない、淡々としたものだった。
「俺が祓ってやるよ……お前の罪」
……蓮……。
『何を差し出したとしても、お前には謝罪の条件にしかならない。謝罪が出来る為の条件だ。有利になどならない事は、分かっている事だろう。取引じゃない。罪だと認めるという事だ』