第25話 八色
「流石は総代……理に敵っている」
羽矢さんはそう言って、蓮を振り向いた。
「どうした? 蓮……そんな怖い顔して」
「……まだだ」
神祇伯が舟に乗り、河原の中へと進み始めるのを見ながら、蓮はそう言った。
「まだ? 何がだよ?」
「河臨法を使った後の事だ」
「ああ……総代が言っていたやつね……」
「邪は邪に返る……明らかになるぞ」
「何を今更……そもそも、その為だっただろ」
「今言いたいのは、その事じゃない。そんな事はもう既に分かっているだろ」
蓮は、ふっと鼻で笑った。
「生きているのか死んでいるのか……それが明らかになるという意味だ」
「は……成程ね。それが証明ってやつか」
「……ああ。次は陰陽師の排除……そう聞けば、廃仏毀釈時のように、僧侶は還俗して立場を失う……そう思うのが普通だろ。そう思うのが普通になるのも、目にしたもの、耳にしたものが意となって表れるからだろ。似たような流れが、いつの間にか自然に意に表れる……だがそれには、当然、結び付きが必要だ」
「蓮……お前……」
「見て分かるだろ……『人形』だ」
「まあ……な」
羽矢さんは、頷きながら回向と共に、高宮を立ち上がらせて支えた。
河原一杯に広がった人形。
人形に目を向けながら、蓮の言葉に耳を傾けた。
「そもそも人形は依代だ。『身代わり』そのものなんだよ。それがどうだ、人形を盾に人を呪い殺すだと? はは」
蓮は、不快な表情を見せて、皮肉に笑った。
そして、悔しさを吐き出す怒りの声が、そのまま表される。
「……ふざけるな」
……蓮……。
「紫条……」
蓮の心情に回向は共感しているようだった。
それは同じに『呪』を使う者だからこそ、納得出来る事なのだろう。
「自身に見立てた人形を身代わりに、禍を回避する術なんだよ。身代わりになる人形に、自身との結び付きを与える……身につけている物でもなんでも、人形を身代わりにする為に、自身を人形に触れさせるという結び付きだ。そして禍になるものを人形に移し、自身から遠避ける為に人形を投じる……撫物棄却という訳だ」
蓮の言葉を聞くと、回向が口を開いた。
「それが転じて、その者に見立てた人形に接点を作り、人形に害を与えれば、その者に害が及ぶ……真逆の発想だが、それが成り立つんだよ……」
蓮と回向の会話が少しの間続いた。
「その真逆の発想は、公平さを欠き、民間にまで及んだ。あの神社にあれ程の人形が集まったのも、その呪法が流れたからだろう」
「……紫条」
「流した……と言った方が正しいんだろう? それは呪術の効力が認められたからだろう? だが、手に入れるには、民間に流すしかねえだろ。そもそも呪術は、国の独占にあったんだからな」
そう言って蓮は、回向へと視線を向ける。
「……言っただろ……後継を生む『姓』だと」
「隠されてんだろーが、その姓は。だが、氏族なら分かるよな? その氏族の優位が、その氏だけでもな」
蓮の目線が高宮へと変わる。
高宮は、蓮の目線に苦笑を漏らすと口を開いた。
「紫条さん……あなたには、何も隠せない……そして藤兼さん……あなたにも」
蓮は、ちらりと高宮を見ると、答える。
「死神の目は確かだからな」
「そうですよね……あの状態で諡号も諱も見えていたと言うのですから。ですがあなた方なら……辿り着いてくれるのではと……そう思った事は確かな事です」
高宮の言葉に、羽矢さんは答えた。
「ああ。複数の諡号、その中の一つに……『真人』……と入っていたな。他の諡号に掻き消されるようにも、埋もれさせられていたがな」
羽矢さんの言葉の後に、蓮が言った。
「真人……それは八色の姓の最上位だろ」