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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第5章 偈と詞
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第24話 河臨

「待たせてすまなかったな……来生」


 当主様が龍へと差し伸べた手。悲鳴のように響く、龍の大きく鳴く声が空間を震わす。

 当主様の指が、龍へと向けて撫でるように緩やかに動いた。だが、反対に龍は、当主様の指の動きに叫び声をあげ、苦しみを訴えた。

 その様を見つめる神祇伯の表情が、同じように苦しみを感じているように見えた。

 龍の声が大きく鳴き叫ぼうとも、当主様の手は、動きを止めはしなかった。

 龍の鱗がポロポロと剥がれ落ちていく。当主様の手が動く度に剥がれ落ちているんだと、誰もが分かった。


 鱗が剥がれる苦痛を吐き出しながら、身を(よじ)らせ、暴れ回る。苦しむ姿を見ているのが辛いのだろう、神祇伯が目を伏せた。

 その様子に気づく当主様は、手を動かし続けながらも神祇伯に言う。

「……目を逸らすな、瑜伽」

「……分かっている……だが……」

 目線を戻せず、歯を噛み締める神祇伯に、住職が口を開いた。


「ならば……流の腕をよく見てみるといい」

「奎迦……?」

 住職の言葉に、神祇伯の目線が当主様の動かす手にと向く。

 暴れ回る龍が強い風を生んで、当主様の衣が翻えり、袖が(めく)れた。


 ……当主様……。

 当主様の腕には、鱗模様が浮き上がっていた。

「父上……」

「……総代」

 刻まれるようにも現れる鱗が腕に広がっていき、次第に血が滴り落ちた。

 ポロリと龍から鱗が落ちれば、ポタリと当主様の腕から血を落とす。

 それは体中に広がってきているのだろう、当主様の首から頬に掛けてピリピリと、亀裂を入れるかのように模様を作り、血を流れさせた。

 同じ痛みを受け入れている……その痛みは相当なもののはずだ。段々と、身につけている衣にも色を移らせ、染めていく。だけど当主様は、表情に出す事はなかった。


「おい……蓮……」

 当主様を心配する羽矢さんが、蓮にどうにか出来ないのかと声を掛ける。

「……無理だ。間に入る事は許されない。術の均衡を崩し、術を掛けた父上に全て戻る」

「そうなれば、善も悪も関係なく、総代の方が全て持っていかれるって事か……」

「……ああ」


 当主様の腕から滴り落ちる血が、量を増していく。

「……流……もう……」

「やめろなどと言うなよ、瑜伽。無論、十分(じゅうぶん)などと、口にはするな。私が鎮めると言った時に、お前は剥がすと分かっていたはずだが?」

 そう言いながらも、当主様は龍へと目線を向け、手を動かし続けている。

「だが……流……お前まで……もう……身代わりに出来るものなど……何も……何も出来ない……」

「身代わり……? ふふ……瑜伽。そもそも私は、身代わりになどなっている訳ではない」

 当主様の手が大きく横に振られた。

 バッと風が吹き抜ける。

 ビリビリと、体にまで震動を与えるような龍の大きな鳴き声と共に、大量の鱗がまるで花弁のように散った。

 当主様の腕から滴り落ちる血も飛び散り、重なり合って舞い散る鱗を包むように染めていく。


 剥がれ落ちた鱗。当主様の血が混ざって、字が浮かんだ。

 そしてそれは……。


人形(ひとかた)……」

 驚く僕は、その様を見ながらそう声を漏らした。

 鱗が……当主様の血と混ざり合って……人形に変わった……。


 住職は、会心の笑みを漏らすと、小さく二度、頷きを見せる。

 そして、促すように神祇伯に目線を向けた。

「瑜伽……お前なら出来るのではないか?」

「穢れを人形に移したのか……撫物(なでもの)棄却……鎮める……水の中に沈めると……」

「流の意に気づいたのならば、尚更……お前にしか出来ないのではないのかな?」

 住職の言葉に、神祇伯の表情が真顔に変わった。


河臨法(かりんほう)……か」

「ふふ……その通り。瑜伽……」

 住職の言葉に重ねて、神祇伯が答える。


(まさ)しく混淆だな……だが、今の私には適宜(てきぎ)している」


 神祇伯はそう言うと、自信を持った笑みを見せた。

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