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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第5章 偈と詞
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第21話 慈悲

 六道冥官祭……六道の冥官に祈祷を捧げる。安泰を願い、そして国主交代の際に行う祭祀だ。

 この祭祀は、泰山府君を主とし、神道だけでなく、仏教、修験の力も混ざり合う。


「ふふ……だが、瑜伽。まさか、今直ぐ行えとは言わないだろうな?」

 意味ありげに向いた当主様の目線に、神祇伯は河原へと目線を向け、少し困った表情を見せた。

「おいっ……! 紫条! 羽矢! 観光名所じゃねえんだぞっ! そもそも、傍観者に成り下がってんじゃねえっ! 役立たず共がっ! 少しは手伝えよ! キリがねえんだよっ!」


 役立たずって……そんな。

 ……確かに、一人で手に負えるような数ではないが……。

 河原の舟守が……苦を呈しているって……これ……?

 苦言と言うより……暴言……。

 思わず僕は、苦笑する。


「羽矢」

 住職が羽矢さんを呼び。

「蓮」

 当主様が蓮を呼ぶ。

 蓮と羽矢さんは、互いに目線を合わせた。

「仕方ねえな……蓮」

「ああ、仕方ねえな」

 呆れたような表情を見せ合う二人に、回向の怒鳴り声が響いた。

「おいっ……! 紫条! 羽矢っ! お前ら、いい加減にしろよっ?」


 回向の苛立った叫びに、蓮と羽矢さんは、反応薄くも無表情で顔を見合わせる。

「お前が行けよ、羽矢」

「あ? お前、ここに来てまで、ふざけてんの? お前が行けよ、蓮」

「俺は、至って真面目に言っているんだよ、羽矢。お前、自分からここまで領域を広げたよな?」

 無表情のまま二人は、会話を続ける。

「だから、なんだよ?」

「だから、だって言っているんだよ」

 いくら呼んでも動こうとしない蓮と羽矢さんに、回向は苛立ちを吐き出しているが、二人は聞いているのか聞いていないのか、平然と会話を続けている。

「領域を広げたって言ってもなあ……」

 羽矢さんは、ふうっと長く息をつくと、河原の方を指差して蓮に言った。


「なんか足りなくねえか?」

 羽矢さんの言葉に、蓮が同意する。

「ああ、足りねえな」

「そうだよな。足りねえよな、やっぱり」


 足りないって……何が……?


「……おい……クソ死神……」


 回向の声が更に苛立ちを見せて、羽矢さんに向いた。忿怒の表情。完全に一体化してる……?


「お前も強制的に正してやろうか……?」


 回向はそう言うと、羽矢さんを鋭く睨む。 

 羽矢さんの口元に笑みが見えた。

 こういう時の羽矢さんって……何か企んでいる時……なんだよね……。

 羽矢さんの指がパチンと音を立てると、バシャンッと大きな水飛沫を上げて、河の中の水が大蛇の形を作って現れた。

 羽矢さんの……使い魔だ。

 使い魔が現れたと同時に、蓮が符を投げる。

 蓮が投げた符は、幾重にも重なって長い紙垂(しで)のようになり、高宮の体に巻き付き、こちら側へと引いた。

「紫条さん……」

「何が蛇にも鬼にもなる、だよ? 呪縛なしの調伏には、慈悲しかねえんだよ。蛇にも鬼にもなる必要はない。その役割を担う冥官は、揃っているんだからな」


 大きく口を開ける使い魔が、回向が捕えている魂も含めて、回向もろとも一気に飲み込んだ。

 一瞬、僕は驚いたが、羽矢さんの使い魔は、魂だけを飲み込み、河原の水に溶け込んでいった。

 そして、水が大きく波を立てた事で、舟が河岸に押されていた。


 ずぶ濡れの回向は、顔に伝う水も拭う事なく、羽矢さんを鋭い目で睨んでいる。

 羽矢さんは、回向のそんな様子など気にも留めずに、笑って言った。


「はは。少しは冷静になれたか? 回向」

「……なんだと……?」

「言っただろ。いつだって止めてやるってな」

 羽矢さんの言葉に、回向は表情を僅かに歪めた。


 羽矢さんは、回向の方へと歩を進めながら、回向に伝える。

「大事な事を見落として貰っては困る……」

 羽矢さんの後に、蓮がつく。

 困惑したような表情を見せる回向に、羽矢さんは手を差し伸べた。その仕草に、回向の表情が変わる。

 回向にしても、羽矢さんの言葉に気づかされるものはあったはずだ。


「……羽矢」

 回向の手が羽矢さんへと伸びた。

「呪縛せずの調伏も悪くはないが……」

 羽矢さんは、笑みを見せながらそう言うと、回向の手をグッと引くように掴んで言葉を続けた。



「こっちが此岸だぞ、回向」

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