第20話 三教
「……どうやら……私が赴くまでもなかったかな?」
河原の様子を見つめながら、住職は笑みを浮かべてそう言った。
住職の言葉に当主様は、笑みと共に言葉を返す。
「何を言う、奎迦。全てはその道への導きを与える事が、お前の使命ではなかったか?」
そう言った当主様に、神祇伯が答える。
「ふふ……お前こそ何を言う、流。それはお前が、目に捉える事など出来ない道を、示す事が出来るからではないのか?」
「ははは。ならば瑜伽……その目に捉える事の出来ない道を、明確に映し出す術を示したのは何方かな?」
「それは皮肉か? 今の私に言える言葉ではないと分かっているだろう、流」
当主様は、河原へと目線を向けながら、神祇伯に答えた。
「……それでも、切り離す事など出来ないのではないのかな? お前の子息がその術を受け継いでいるのだから。それはお前にとって、結願とも言えるものであるのでは?」
……結願……。
その言葉に、蓮と羽矢さんの会話が、その時の状況をも重ねて頭の中で弾けた。
『摧魔なら……火を点ける時は、結願のはずだからな……』
『国の中から国を潰す術……か。確かにな』
『それは大義に基づくものとして、な……』
当主様の言葉から、少し間が開いて、神祇伯が重くも口を開いた。
「それには……答えられないな」
苦笑を漏らす神祇伯に、住職が間を繋ぐように言った。
「ならばそれは、秘密のままでいいのではないのかな?」
その言葉の中に含まれるものが、閻王が言った言葉の意味を含めていると思わせた。
閻王の面前に立った者は皆、閻王の許しを得ていた。
だが……。
神祇伯である水景 瑜伽がその場にいる事に、閻王は一切、触れる事はなかった。
そしてそれは、その場を共にしていた当主様も、住職も同じだった。そこに水景 瑜伽がいる事を敢えて口にしない……そう感じていた。
『疑問がないところが……逆に疑問を生むとは思わぬか』
『それが『秘密』というものでは……?』
閻王の言葉も意味ありげな言い方であったが、そこに『何故』という疑問を持つ事は、その処の領域を侵す事にもなるのだろう。
互いに穏やかな笑みを返し合う三人に、それぞれの力が重なっているんだと感じた。
使う法力も呪力も違えども、根底にあるものは同じであって。
根底にあるものが同じであったからこそ、その術も、方便も数多くなった。
……それでも。
そこには……。
当主様は、ふうっと長い息をつく。
儚げにも見える笑み。当主様の口から語られる事は、力の優劣に計略を絡めた……真実だった。
蓮と羽矢さんの言葉が、当主様が口にする言葉を追いかけてくるようだった。
『使わざるを得なかったとしたら、どうだ?』
『そこに掲げるは尊王攘夷って? そもそも、その尊王とは誰の事だ?』
『決まってるだろ。各々の価値基準に敵う者だろーが』
「簒奪、弑逆……私は、そのようなものに力を注ぐ気はない」
「ならば……流」
神祇伯の落ち着きのある低い声に、当主様は神祇伯を振り向いた。
互いに目線を合わせながら、言葉の間が開いていく。
当主様は、神祇伯が何を伝えたいのかは、向けられるその目線で気づいた事だろう。
その事に気づいたのは、蓮も同じだった。
蓮は、当主様がどう答えるのかを待っているようだ。
「随分なる大義を与えるものだな、瑜伽」
当主様は、そっと目を伏せると、静かに笑みを漏らし、目線を前へ真っ直ぐに向けると、口を開いた。
当主様の口から出たその言葉に、蓮の表情には笑みが浮かんでいた。
「六道冥官祭……か」