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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第5章 偈と詞
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第18話 持明

「ならば、行け」

「承知」


 閻王の言葉に住職は答えると、踵を返した。

 僕たちの脇を抜け、先を行く住職に当主様と神祇伯がつき、僕たちも後を追う。


「……ところで……」


 歩を進め始めた僕たちの背に、閻王の声が投げ掛けられる。


「疑問がないところが……逆に疑問を生むとは思わぬか」


 閻王の言葉に住職は、肩越しに振り向くと、クスリと笑みを漏らしてこう答えた。


「……閻王。それが『秘密』というものでは……?」


 住職は、真っ直ぐに前を見ると、止めた歩を進め出す。

 閻王の楽しげにも聞こえる笑みが、住職の背中へと送られているようだった。


 疑問がないところが、逆に疑問を生む……。

 閻王の言葉を頭の中で繰り返す僕の目は、前を歩く神祇伯へと向いた。

 今に至るまでの、数々の事を思い返す。

 河原で消える魂……舟守は神司……結びついたものは、神社に置かれた宮寺だと……。

 ああ……そうだ。

『お陰で鬼籍が、止まる事なく名を記し続けている。河原の舟守が苦を呈しているぞ』

 あの時、僕は、今と同じ疑問を抱いていた。

 閻王に答える住職の言葉に、その疑問も考え続ける事はなかったが。


 ……配置。


 再び疑問が浮かんだ瞬間に、その言葉が頭の中で弾けた。


 それと同時に、辿り着いた目の前の光景に、瞬きを……忘れた。


 今……僕がこの目にしているものは……。


 羽矢さんが、住職の隣へと立った。


「河を舟で渡るには渡し賃がいる。棺に入れる六文銭、今ではそれを描いた紙だ。だが……」

 羽矢さんは一度、言葉を止めると、クスリと笑みを漏らして続けた。


「生前にその取引が済んでいたなら、話は早い。対価以上を要求する事も可能だろう。例え、戻る体がなかったとしても、『依代』に与えればいい。だがそれは……復活の為の供物として、だ」


 あの時と……この河原で高宮を見た時の、あの時と同じ言葉だ。

 そして、返ってくる言葉も。


「……到着がお早いようで、なによりです。お探しのものは見つかりましたか……?」


 河原に浮かぶ舟の上に、その姿はあった。

 高宮……。どうしてまた……舟守に……。

 だが、あの時と同じ言葉を口にした高宮の表情は、以前と違って穏やかな優しい笑みを見せていた。


「……ああ、見つかったよ……」

 羽矢さんは言いながら目を伏せると、ふっと笑って顔を上げる。

 舟の中で寝そべっているのだろう。羽矢さんの声に、ふふっと笑う声が舟の方から聞こえた。

 高宮の目線が下へと向く事に、そこに誰かがいると証明される。

 ゆっくりと舟が近づいて来る。

 羽矢さんは、舟が近づくのを待った。

 河岸に舟が止まると、羽矢さんがその名を呼ぶ。


「回向」


 呼び声に半身を起こして、回向は羽矢さんへと目を向けた。

 ……黒衣を着ている。

 祭祀を司る氏族に、葬送を司る氏族。

 水景は葬送を司る氏族だ。

 それは勿論……水景 瑜伽も。

 水景 瑜伽が冥府にいる事に、閻王は何も言わなかった。可も……不可も何も……。

 そして何一つ言葉を交わしていない。

 だけど、あの神社で住職が神祇伯に中尊を別尊にと変更した壇……観想によって行われたその壇の中尊は閻王だったはず。

 だから不動明王が現れた。身代わりとなった不動明王を閻王が元の処に戻したんだ。


『疑問がないところが……逆に疑問を生むとは思わぬか』


 これが……秘密……。


 回向は半身を起こしたままの姿勢で、一つに束ねていた長い髪に結ばれている紐を左手で(ほど)いた。

 霊山で大きな岩の上に座っていた回向。その周りには、無数の魂が漂っていた。

 その姿が今と重なり合う。それは、河原にも無数の魂が、群がる様にも集まっていたからだ。


 回向は、衣の袖を捲り、腕に刻んだ種子字を見せるように向けた。

「そうだよな……回向。不動明王の種子字……お前が口にする真言は『呪』だ。その種子字を刻んだのは……」

 羽矢さんは、クスッと笑うと回向に言った。


「『持明者』の証だからな」

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