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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第5章 偈と詞
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第16話 補佐

 羽矢さんが歩を進めると、黒い空間が浮かび上がった。だが、先を示すような光がその奥に見える。

 ……あれは……。

 地蔵菩薩の光明だ。

 ……救済。

 その言葉が直ぐに浮かぶ。


 気掛かりであった事は、回向と高宮の姿は見当たらなかった事だ。

 光を見つめる僕に、羽矢さんは、にっこりと笑みを見せる。

 その笑みは、何も心配する事はないと伝えられているようだった。

 僕は、その笑みに頷きを返した。

 当主様も神祇伯も、回向と高宮の姿がない事を案じている様子はなかった。

 蓮も問題はないと言っていたのだから。

 だから……きっと……大丈夫。大丈夫なんだ。



 蓮は溜息をつくと、羽矢さんに言う。

「地獄巡りだと? 巡らなくていいから、もう扉を開けてくれ、羽矢。勿論、真っ直ぐにな?」

「心配するなって、蓮。今日はジジ……」

 住職の視線が、ちらりと羽矢さんに向く。

「住職に開けて頂きますので」

 住職は、半ば呆れた顔を見せたが、厳しくも表情を変えると羽矢さんに答える。

「よろしい」

 先に住職が進んだ。その後に羽矢さんがついた。

 羽矢さんは、後ろを歩く蓮を振り向くと、小声で言う。

「蓮、お前……誘導してんじゃねえ。俺の睡眠を奪う気か?」

「馬鹿言うな。お前が日頃から正しておけば済む事だろーが。なんだかんだ言って、本当は住職の説法を聞きたいんじゃないのか?」

「……蓮。お前が口にする言葉は、現実に影響が及ぶ。頼むからやめてくれ」

 苦笑を見せる羽矢さんに蓮は、ははっと笑う。

 僕たちの後ろを歩く当主様と神祇伯が、蓮と羽矢さんのやりとりを楽しんでいるかのように、ふふっと笑みを漏らしていた。



 柔らかな光だった。近づけば近づく程に、優しくも包み込まれるような感覚を纏う。

 その光を抜けると、住職は足を止め、振り向く。

「それでは、扉を開けるとしましょうか」


 住職の声と共に、扉が開かれる。


「……奎迦」

 低く、重さを持った声が静かに響く。それは勿論、閻王の声だった。

 住職の名を口にした後、閻王はふうっと長い溜息を漏らした。

 閻王が……溜息……?

 僕は、気鬱そうにも見える閻王の様子に驚く。

 閻王の前に進む住職を、僕たちはその場で見つめていた。

「お前が来ると、時の流れが変わらぬではないか」

「時が変わらぬ事に、何が不都合かな? 閻王」

「そう急かすなと言っておるのだ」

「急かす……?」

 閻王の言葉に、住職はクスリと笑みを漏らす。

 この仕草……。

 僕の目線が羽矢さんに向く。

 羽矢さんは、住職の方を見ながら、小さくもクスクスと笑っている。


「導かれざる魂をあるべき処へと導くのが、私共『死神』の務め……冥府から失われた魂を元に戻すにあたり、全てを回収したに過ぎず、その審理は委ねるべき処へと送ったに過ぎないが……ご不満かな」

「お陰で鬼籍が、止まる事なく名を記し続けている。河原の舟守が苦を呈しているぞ」

 ……河原の舟守……。

 高宮の姿が浮かんだ。

 だけど……社殿前に姿を現したのは、高宮だった。

 疑問を抱いたが、続く住職の言葉に意識が向く。

「それはそれは……その様では、輪廻の転生も事なきを得るというもの。審理に影響が及ばぬよう、私が担いましょうか……? 閻王」


 ゆっくりとそう答えた住職の声は、閻王の声のように、低く、重く響いた。

 閻王が再度、溜息をつく。

 羽矢さんが、ニヤリと笑みを漏らして蓮に言う。

 その言葉に蓮は、呆れた顔を見せながら、やめろと羽矢さんの背中を叩いた。


「な? クソジジイだろ?」

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