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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第5章 偈と詞
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第15話 乾坤

「では……扉を開けて頂こうかな」


『死神』


 当主様と神祇伯が声を揃えて、住職をそう呼んだ。

 矢の向きが変わり、地へと突き抜けると同時に、吹き荒れた強風。


 ……同じような光景を、僕は目にしている。

 あの霊山で羽矢さんと回向が、問答のように重ね合った偈頌。

 辺りに広がった無数の符が、蓮の声に反応を示した。


『地獄に落とせ』


 一気に下降していった符。蓮は羽矢さんに向かって叫んだ。


『門を開けろーっ……!』


 扉……じゃあ……この先は……。


 だけど……。僕は、辺りを見回した。

 ……いない。見えない。

 僕のその仕草に、当主様が静かに笑みを漏らす。

「依。自らが先に手を差し出してみてはどうかな……?」

「……当主様」

「待っているのは、互いに同じだろう。ならば、どちらかが手を差し出さなければ、その手に掴む術など、他にあるとは思えないが……?」

 意味を含めた目線が投げ掛けられる。だが、その目線は、僕に向けてではなかった。

 当主様は、肩越しにちらりと目線を動かした。

「あ……」

 思わず声が漏れたのは、当主様の背後にうっすらとも柊の姿が見えたからだ。

 僕と目が合う柊は、クスリと笑みを漏らすと、スッと姿を消した。

 その笑みに、柊の言葉にあった深い意味を知る。


『わたくしはいつでもここにおります。流様……いつでも貴方様のお側に』


 ……いつでも側にいる。

 そこに姿が見えなくとも、直ぐそこに……。


「蓮っ……!」

 僕の声に、言葉が返ってくる。

 ゆっくりと静かに流れる、落ち着きを持った声。何も心配するなと言うように。


「天と地が混ざり合う混沌……天も地も差別ない。この世は乾坤(けんこん)。陰と陽の相即……どちらかが欠ければ、そこに存在するものは何一つない。調和を保ってこそ、存在出来るものだろう?」


 僕は、声が聞こえる方へと手を伸ばす。その手がギュッと握られた。

 互いの存在を確認出来る感触が、手から強く伝わり、伝えていく。


 真っ白く染め上げられた空間。当主様たちの後方も視界を広げ、その姿がはっきりと目に捉えられた。


「やっと……お前から呼んでくれたな……依」


 僕の目を真っ直ぐに見つめる蓮は、穏やかな笑みを見せていた。


 あの時の蓮の言葉を思い出す。

『俺は、お前を従者などとは思っていない。それでもお前が俺に従うと言うのなら……』


 僕は、蓮の言葉を頭に中に浮かび上がらせながら、頷いた。

『お前が俺の式神になれ』


「はい」


『離そうとしても離れられない。離れようとしても離れられない……問いに問いを重ね、答えに答えを重ねる……そうして辿り着いた先が真実だろう』


 耳していた数々の蓮の言葉は、僕の中にもあるものだと、再度、僕は頷いた。

「はい」



「蓮。訊くまでもない事だとは思っているが、そちらはどうか」

 当主様が蓮に訊ねる。

「問題ありません」

 はっきりと当主様に答える蓮は、目線を動かし、クスリと笑みを漏らした。

 蓮が目線を向けた方に、羽矢さんの姿が見えた。

「こちらにはこちらの『死神』がいるので」

 蓮のその言葉に、羽矢さんがニヤリと笑みを見せる。

「では……参るとしましょうか……」

 そう言いながら歩を進め始める羽矢さんに、住職が並び、共に歩を進めて行く。

 僕たちは、死神二人の背中を追う。


 バサリと黒衣を揺らして、羽矢さんは言葉を続けた。


「『地獄巡り』に」

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