第15話 乾坤
「では……扉を開けて頂こうかな」
『死神』
当主様と神祇伯が声を揃えて、住職をそう呼んだ。
矢の向きが変わり、地へと突き抜けると同時に、吹き荒れた強風。
……同じような光景を、僕は目にしている。
あの霊山で羽矢さんと回向が、問答のように重ね合った偈頌。
辺りに広がった無数の符が、蓮の声に反応を示した。
『地獄に落とせ』
一気に下降していった符。蓮は羽矢さんに向かって叫んだ。
『門を開けろーっ……!』
扉……じゃあ……この先は……。
だけど……。僕は、辺りを見回した。
……いない。見えない。
僕のその仕草に、当主様が静かに笑みを漏らす。
「依。自らが先に手を差し出してみてはどうかな……?」
「……当主様」
「待っているのは、互いに同じだろう。ならば、どちらかが手を差し出さなければ、その手に掴む術など、他にあるとは思えないが……?」
意味を含めた目線が投げ掛けられる。だが、その目線は、僕に向けてではなかった。
当主様は、肩越しにちらりと目線を動かした。
「あ……」
思わず声が漏れたのは、当主様の背後にうっすらとも柊の姿が見えたからだ。
僕と目が合う柊は、クスリと笑みを漏らすと、スッと姿を消した。
その笑みに、柊の言葉にあった深い意味を知る。
『わたくしはいつでもここにおります。流様……いつでも貴方様のお側に』
……いつでも側にいる。
そこに姿が見えなくとも、直ぐそこに……。
「蓮っ……!」
僕の声に、言葉が返ってくる。
ゆっくりと静かに流れる、落ち着きを持った声。何も心配するなと言うように。
「天と地が混ざり合う混沌……天も地も差別ない。この世は乾坤。陰と陽の相即……どちらかが欠ければ、そこに存在するものは何一つない。調和を保ってこそ、存在出来るものだろう?」
僕は、声が聞こえる方へと手を伸ばす。その手がギュッと握られた。
互いの存在を確認出来る感触が、手から強く伝わり、伝えていく。
真っ白く染め上げられた空間。当主様たちの後方も視界を広げ、その姿がはっきりと目に捉えられた。
「やっと……お前から呼んでくれたな……依」
僕の目を真っ直ぐに見つめる蓮は、穏やかな笑みを見せていた。
あの時の蓮の言葉を思い出す。
『俺は、お前を従者などとは思っていない。それでもお前が俺に従うと言うのなら……』
僕は、蓮の言葉を頭に中に浮かび上がらせながら、頷いた。
『お前が俺の式神になれ』
「はい」
『離そうとしても離れられない。離れようとしても離れられない……問いに問いを重ね、答えに答えを重ねる……そうして辿り着いた先が真実だろう』
耳していた数々の蓮の言葉は、僕の中にもあるものだと、再度、僕は頷いた。
「はい」
「蓮。訊くまでもない事だとは思っているが、そちらはどうか」
当主様が蓮に訊ねる。
「問題ありません」
はっきりと当主様に答える蓮は、目線を動かし、クスリと笑みを漏らした。
蓮が目線を向けた方に、羽矢さんの姿が見えた。
「こちらにはこちらの『死神』がいるので」
蓮のその言葉に、羽矢さんがニヤリと笑みを見せる。
「では……参るとしましょうか……」
そう言いながら歩を進め始める羽矢さんに、住職が並び、共に歩を進めて行く。
僕たちは、死神二人の背中を追う。
バサリと黒衣を揺らして、羽矢さんは言葉を続けた。
「『地獄巡り』に」