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処の境界  作者: 成橋 阿樹
第5章 偈と詞
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第12話 随眠

 神祇伯が拍手(かしわで)を打った瞬間に、光を全て飲み込んで、闇が落ちた。

 僕の目に、誰の姿も捉えられなくなった事に不安になったが、それこそが無知だ。

 そう心に強く思っていたが、一向に闇は晴れない。

 その闇の中で何が繰り広げられているのかも、知る事が出来ない事がもどかしかった。

 それでも信じて待つと、僕は見守っていた。


 蓮……当主様……。


 当主様が臨時祭の処をここに決めたのも、元よりの思惑に重なっていると分かっていたからこそだ。この処で臨時祭を行う事に異議を唱えた者はいなかっただろう。

 この処こそが相応しいと、奥底に抱えた思いは違えども、誰もがそう思ったはずだ。


 当主様は、多くを語る事はなかったが、蓮は当主様が何を考えているのかに気づいていた。

 そして、最終的にこの処に行き着く事も気づいていたのだろう。


 天からキラリと何かが光る。

 何を思う間もなく、闇に飲み込まれた空間へと、無数の矢が、もの凄い速度で突き刺さっていく。


 ……声も出なかった。


 闇の中には蓮たちもいる。誰の姿も目に捉える事の出来ない僕は、その一瞬の出来事に、地に膝をついた。

 闇を目掛けて突き刺さった矢は、闇の中へと消えたが、その矢がどう影響を与えたのかさえ、知る事も出来ない。

 天罰とさえも受け取れる事に、体の震えが治まらなかった。


 非礼を働いたと、神の怒りを買い、その神社の神職者にも降り掛かる……責任。

 その言葉が払拭する事も出来ずに、頭の中で響く。


「……柊……」

 そうだ……柊は……。

 柊はいつでも当主様の側にいると言っていた。

「柊……!」

 僕が呼んだところで、僕の前に姿を見せるとは思えないが、柊なら当主様の力になって蓮たちを守ってくれる……そう思っていた。

 だけど、闇に飲み込まれたままの社殿の祭神は、大日孁貴神おおひるめのむちのかみだ。

 それは柊の本来の姿……。


 連帯責任……当主様がそれを受け入れたなら、柊は当主様から離れてしまったのでは……。

 ……いや。


『強く深い結び付きだと……互いに互いを繋ぐもの。その本来の意味は、縛り付け、自由を奪う束縛……言わば『呪縛』だ。その呪縛から……逃れる(すべ)は、あるのかな……?』

『願いというものそれ自体が、全てにおいての呪縛……この手に掴み、離れる事なく、繋がっていて欲しいと焦がれる事に、失う術はないと、わたくしはお答え致しましょう』


 だけど……。


『ただそれでも……願いの善悪は、この界に於いての善悪……』


 その後に柊が口にした言葉は、高宮が言っていた事と同じだった。


 しんと静まり返った闇。

 まるで、その闇の中にいる者全てを消してしまったかのようだった。

 蓮たちの様子が全く分からないのは、矢が刺さった後でも闇は消えず、物音や誰の声さえも聞こえない、無であったからだ。


 ……どうしよう……どうしたら……。

 僕は、震える体を引き摺るように、留まり続ける闇へと向かった。

 目の前に広がる闇へと手を伸ばすが、何の感触も得られない。

 自分の無力さを思い知らされながら、闇を掴もうとしながらも掴む事が出来ない手をギュッと握った。

 その瞬間、バッと強風が吹き抜けた。


 ……足音が聞こえる。ゆっくりと、落ち着きを感じさせる足音だ。


「悩ませ汚し、束縛し、覆う闇……断ち切るにも中々に難しいのでしょう」

「……御住職……」

 住職は、闇をじっと見つめた後、僕へと目線を変え、穏やかに微笑んだ。

 誰の姿も捉えなくなった事に不安だった僕は、その笑みに安堵する。

「何も分からないんです……突然、矢が降り落ちて……蓮たちがどうなっているのか……何の音も聞こえず、闇が留まり続けているんです……」

「そうですか……」

 住職は、また闇へと目線を向け、こう言った。


「奥底に隠れたままの煩悩……働かずにも存在し、それはいずれ芽を出して現れる種のようなもの……随眠(ずいめん)と異を持って称しますが……」

 住職の法衣が、バサリと風に揺れる。

 手に数珠を握り、住職は闇を見据えて言った。


「少々……動かしてみましょうか」

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