第12話 随眠
神祇伯が拍手を打った瞬間に、光を全て飲み込んで、闇が落ちた。
僕の目に、誰の姿も捉えられなくなった事に不安になったが、それこそが無知だ。
そう心に強く思っていたが、一向に闇は晴れない。
その闇の中で何が繰り広げられているのかも、知る事が出来ない事がもどかしかった。
それでも信じて待つと、僕は見守っていた。
蓮……当主様……。
当主様が臨時祭の処をここに決めたのも、元よりの思惑に重なっていると分かっていたからこそだ。この処で臨時祭を行う事に異議を唱えた者はいなかっただろう。
この処こそが相応しいと、奥底に抱えた思いは違えども、誰もがそう思ったはずだ。
当主様は、多くを語る事はなかったが、蓮は当主様が何を考えているのかに気づいていた。
そして、最終的にこの処に行き着く事も気づいていたのだろう。
天からキラリと何かが光る。
何を思う間もなく、闇に飲み込まれた空間へと、無数の矢が、もの凄い速度で突き刺さっていく。
……声も出なかった。
闇の中には蓮たちもいる。誰の姿も目に捉える事の出来ない僕は、その一瞬の出来事に、地に膝をついた。
闇を目掛けて突き刺さった矢は、闇の中へと消えたが、その矢がどう影響を与えたのかさえ、知る事も出来ない。
天罰とさえも受け取れる事に、体の震えが治まらなかった。
非礼を働いたと、神の怒りを買い、その神社の神職者にも降り掛かる……責任。
その言葉が払拭する事も出来ずに、頭の中で響く。
「……柊……」
そうだ……柊は……。
柊はいつでも当主様の側にいると言っていた。
「柊……!」
僕が呼んだところで、僕の前に姿を見せるとは思えないが、柊なら当主様の力になって蓮たちを守ってくれる……そう思っていた。
だけど、闇に飲み込まれたままの社殿の祭神は、大日孁貴神だ。
それは柊の本来の姿……。
連帯責任……当主様がそれを受け入れたなら、柊は当主様から離れてしまったのでは……。
……いや。
『強く深い結び付きだと……互いに互いを繋ぐもの。その本来の意味は、縛り付け、自由を奪う束縛……言わば『呪縛』だ。その呪縛から……逃れる術は、あるのかな……?』
『願いというものそれ自体が、全てにおいての呪縛……この手に掴み、離れる事なく、繋がっていて欲しいと焦がれる事に、失う術はないと、わたくしはお答え致しましょう』
だけど……。
『ただそれでも……願いの善悪は、この界に於いての善悪……』
その後に柊が口にした言葉は、高宮が言っていた事と同じだった。
しんと静まり返った闇。
まるで、その闇の中にいる者全てを消してしまったかのようだった。
蓮たちの様子が全く分からないのは、矢が刺さった後でも闇は消えず、物音や誰の声さえも聞こえない、無であったからだ。
……どうしよう……どうしたら……。
僕は、震える体を引き摺るように、留まり続ける闇へと向かった。
目の前に広がる闇へと手を伸ばすが、何の感触も得られない。
自分の無力さを思い知らされながら、闇を掴もうとしながらも掴む事が出来ない手をギュッと握った。
その瞬間、バッと強風が吹き抜けた。
……足音が聞こえる。ゆっくりと、落ち着きを感じさせる足音だ。
「悩ませ汚し、束縛し、覆う闇……断ち切るにも中々に難しいのでしょう」
「……御住職……」
住職は、闇をじっと見つめた後、僕へと目線を変え、穏やかに微笑んだ。
誰の姿も捉えなくなった事に不安だった僕は、その笑みに安堵する。
「何も分からないんです……突然、矢が降り落ちて……蓮たちがどうなっているのか……何の音も聞こえず、闇が留まり続けているんです……」
「そうですか……」
住職は、また闇へと目線を向け、こう言った。
「奥底に隠れたままの煩悩……働かずにも存在し、それはいずれ芽を出して現れる種のようなもの……随眠と異を持って称しますが……」
住職の法衣が、バサリと風に揺れる。
手に数珠を握り、住職は闇を見据えて言った。
「少々……動かしてみましょうか」