第10話 保持
闇が立ち籠める中に、重くも響く呪いの詞が重なり合う。それは目的を明確に表し、標的を一に向けている。
当主様と神祇伯、そして回向はその闇を抑制し、聖王を守護する。
当主様は、防御に重きを置いている。敵意を向けられている事は明確であるのに、当主様は攻撃を一切しない。
それは神祇伯も回向も同じだった。
梵我だ……。
『全ては神の一部であり、神の存在無くしては何の存在も成り立たず、一切は神と同一である。これを実存の根源とするならば、神と同一であるという『我』は、神の力をも使う事が出来るという訳だ。梵と我。梵は言葉によって神性を引き出す事であり、我はその神性をどう使うかの意を示すとする。それが呪力となる事は、知っているだろう』
当主様の言葉を思い返す僕は、ハッとする。
『では……実体を見る事は出来なかったという訳だな』
実体がなければ証明する事も出来ない。ないものをあるというのは無知であるという事だ。
仏も神だと言われていた神仏混淆。
ここは、そのまま神仏混淆を残す処だ。
その神の面前で闇を放つなど……。
いや……。そう言うよりも、露わになった思惑が目に見えて分かる……口にしなければ隠し通せたものも、隠す事が出来なくなった。そう感じた。
これって……。
僕の目線が羽矢さんに向く。
羽矢さんは、前をじっと見据えていた。きっと、僕の視線は感じ取っている事だろう。
『そう思うものは確かに存在しているんだ。闇を闇だと呼ぶ、その理由だけはな……』
当主様が羽矢さんに託したのも、深く頷けた。
冥府の番人、死神。神仏混淆の中で結び付かないはずはない。
『冥府の番人、藤兼 羽矢。本当の地獄は何処にある?』
この様を見ていたら、本当の地獄はここにあると思わざるを得ない。
だけど……。
呪いの詞が幾度となく重なり合う。その様子をじっと見ていた羽矢さんの口元が笑みを見せた。
その笑みに僕は、確信を持って気づく。
羽矢さんに冥府の門を開けて貰った時の、蓮と羽矢さんの会話が今も聞こえるようだった。
『はは。この領域で嘘はつけないからな。お陰で言いたい事を言わせて貰う事が出来るって訳だろう?』
『バーカ。言わせられてんだよ。気づけ』
『気づいてるに決まってんだろ。これを押さえ込んだら嘘をついてるのと同じだと取られるからな。この領域に従って吐いているまでだ』
……この領域に従って吐いている……。
門は既に開かれていた。
『お前の領域と領域の間には境界があるからな。その境界を俺が繋げればいいって訳だろ』
ここは蓮の領域であって……それを羽矢さんの領域と結び付けていた。
冥府自体が神仏混淆。
この領域は……。
神も仏も併存し、霊魂までもが混在する……まるでここが冥府のようだ。
僕は、光を覆うとする闇へと目を向けた。
……目。
闇の中に無数の目が見えた。
あの神社には無数の人形があった。
あれ程の数……どう考えたって、ここにいる者たちだけとは考え難い。
呪いの神社には怨念だけが立ち込めていて、叶える術は呪殺を示していた。
……妙な胸騒ぎがする。
『理想……その理想とする条件は、誰が揃えると言う』
『それが支持だろ。支持が多い程、理想が揃う』
理想とは聞こえはいいが、それは善でも悪でも自身の思いに敵うものだ。
「依はここにいろ。行くぞ、羽矢」
「ああ」
僕が考えを結び付けている間に、蓮と羽矢さんは闇へと向かっていく。
答える間も持てないまま、僕の頭の中で答えを示す言葉が弾けた。
この闇は……。
『廃仏毀釈を行ったのは、神職者だけじゃない。檀信徒もだ』
檀信徒……。
それは……民間だ。