第9話 冒涜
「バラけていた闇も……結びつくと畏れを知らないな」
羽矢さんの言葉に、蓮は鼻で笑う。
「まったくだ。力を得たと思っているんだろうが、それが増長だと気づかない事に悲しくなるな」
「同感だね」
バラけていた闇が一つに……。
蓮と羽矢さんが言う通りだ。
社殿から逃げ出して来た者たちは、人を盾にして自らを守っていた。
互いを蹴落としながらも、互いの的が定まれば、一つに纏まって攻撃を始める。それが力の強さだと自信さえ持つ。
だがそれは、自身が優位に立つ為の段階の一つに過ぎない。
それは繰り返され、争いが治まる事はないのだろう。
まるで……呪いの神社そのものだ。
ふと、高宮が言っていた言葉を思い出す。
『どの界にも正体を隠した化身がいる事をお忘れなく……勿論、その眷属も』
高宮が言っていた事のその奥底にあったものって、今のこの状況を物語っていたみたいだ……。
「蓮……もう真相は分かっているんだろ」
「ああ」
「総代が祓わなかった理由もだ」
「ああ、分かっている。それに……」
当主様が祓わなかった理由……あの邪神の事を言っているんだ。
「あの神社が呪いの神社となったのも、元よりの策略だ」
「そうだな……宮寺が置かれていた神社から……か」
「……ああ」
先に向かった回向は、当主様と神祇伯に加勢する。
闇を燃やすように大きな炎が上がった。回向の法力が、神祇伯の法力に重ねられたのだろう。
だが、僕たちの歩を進める速度はゆっくりだった。
慌てずともいるのは、当主様たちだから心配はないのだとも思えるが、それだけではないのだろう。
心配はないとはいえ、蓮と羽矢さんが、当主様たちだけを闘わせたままでいられる訳がない。
歩を進めながら、蓮は話を続ける。
「祭祀を司る氏族に、葬送を司る氏族ね……高宮の父親は宮司だったと言っていたな。それも……神仏混淆……神社に宮寺が置かれていた時の話だ。そしてその宮寺には水景 瑜伽……か」
「本尊は大日如来……その脇侍には不動明王、そして……」
「開祖、か」
「ああ、そうだ」
「神の道に開祖はないが、そもそもの神社が祖先を祀った神社だったんだろう。そしてそれは当然、祖神だ」
「神社整理で祭神も一つに合祀。土地の鎮守も遠方の土地の鎮守と合祀され、参拝が難しくなった。合祀された結果、廃された神は祟る。姿も現せるものもなく、宿る依代さえない……か。その祖神が廃されたとあれば、高宮の言っていた事は全て自身に起こった事実って事だ」
「廃された時の状況が目に浮かぶな……蓮」
「……ああ、そうだな。こんな状況を目の前で見せられてはな……想像もつくが、それは事実だろう」
暗い表情を見せる蓮と羽矢さんだったが、その表情は一変する。
羽矢さんは、地を強く踏み締め、黒衣をバサリと翻した。
蓮は、僕を振り向くと、笑みを見せる。
「大丈夫か? 依。ついて来れるか?」
「はい。勿論です」
「そうか」
蓮は、僕に被せた羽織を手に取ると、バサリと音を立てて羽織り、前を真っ直ぐに見据えて歩を進める。
「行くぞ」
「ああ、蓮」
「ここは神域……神仏混淆。神も仏も尊く崇める存在だ。神世の神の宣託は、良くも悪くも事を示す……」
蓮の言葉を聞きながら、僕たちは闇が立ちはだかる社殿前へと辿り着く。
「自我の損得で拒むのは、冒涜も同然だろう?」