第7話 降臨
社殿の外へと逃げ出した者の中に、聖王の姿はない。
本来ならば、誰よりも先に聖王を危険な場所から遠去ける事だろう。それが出来ないという事は、我先にと逃げ出した者には、聖王を守ろうとする思いはないと明かしているようなものだ。
それは同時に、この践祚を快く思っていないと言わざるを得ない。
羽矢さんが言っていたように、践祚直後に崩御という、その心配は確実なものとなる。
臨時祭が行われる事になったのも、前聖王の身体的状況が思わしくない事に繋がっているのだから。
だからこそ蓮は、践祚前に事を起こしたんだ。
だけど蓮は、逃げ惑う者たちの行き場を塞いでいるが、死人は勿論、怪我人も出してはいない。
「紫条っ……! お前……!」
社殿前の騒ぎに蓮が関わっていると気づいたのだろう、回向が僕たちの元へと駆けつけて来た。
「どうした? 半俗庭師。お前の守備位置、ここじゃねえだろ。許可したじゃねえか。出番が来るまで黙って見てろよ」
「どの口がそう言っている、紫条」
「どの口って、なんだ?」
「白々しくも……お前な……状況を変えたのはお前だろーが」
回向を揶揄うようにもニヤリと笑って答えた蓮に、回向は呆れた顔を見せた。
「お前が言ったんだぞ、回向。確実に事が起きると知ってだと」
「ああ。それはそうだが……」
「それなら止めるしかねえだろ」
「……紫条」
「正直、俺は、前聖王の身体状態にお前と神祇伯が関わっているんだと思っていた。お前が聖王の魂を探していたのも、謝罪の為の条件だとな……」
蓮が言うように、僕もそう思っていた。
「だが……それは違ったようだ」
蓮のその言葉に、回向は苦笑を漏らした。
……素直じゃないな。そう思うのも、回向はそこに何があるのか分かっているのに、その事実を語らなかった。
それでも断片的にも口にした言葉には、核心となるものに触れていた。
きっとそれは、手を貸して欲しいという思いの中にも、回向自らが果たしたい思いであるからなのだろう。
それを蓮も羽矢さんも分かっている。
「回向……お前、言ったよな。自分がしている事が正しいとは思っていない、何を差し出せば自分が有利に傾くか考えていたと」
「……それがなんだ。何を差し出したとしても、俺には謝罪の条件にしかならない、謝罪が出来る為の条件であり、有利になどならない事は分かっている事だと……紫条、お前が俺に言ったその言葉は、間違いじゃない」
「ああ……そうだな。確かに間違いじゃない」
そう答えながら蓮は、空を払うようにスッと手を滑らせた。
稲光が消え、雨も止む。
雷鳴も響かなくなり、辺りは静かになる。その静けさの中に、ゆっくりと刻まれる足音が強調された。
社殿から出て来る後ろ姿が見え、蓮はその姿がはっきりと確認出来るようにと、社殿の方へと少し戻る。僕たちも後をついた。
向こうからは僕たちの姿は見えにくいだろうが、こちらからはその姿を横側からではあるが、捉える事が出来る。
社殿から出て来た姿を目で追う僕たち。その姿がゆっくりと歩を進める先は、当主様の方だった。そして、その直ぐ後ろには神祇伯の姿があった。
社殿裏に立ち昇った光の柱が弾けて、辺りを金色に照らした。
その様子を見守りながら、蓮は言う。
「神宿り……あの霊山でお前は既に神降ろしを済ませていた。神宿りと言うんだから当然、和魂だ」
「……ああ」
目に捉えられるその姿を目で追う回向は、蓮の言葉に同意を見せた。蓮は話を続ける。
「本来の境地……そこに別の力が加われば、その境地に立つ事も出来なくなる。それは思惑だ。神仏分離に於いても同じ事……慈悲ある姿を隠し、表立つ神の力を指し示す……これが見たかったんだろう? 回向」
「……紫条」
蓮は、ふっと笑みを見せると、目に映すその姿へと向けて言った。
「天孫降臨だ」