第5話 相応
空へと向けた、蓮の手。その指がそっと動いた。
蓮の指の動きに、雲がついていく。
「ふうん……? 中々いい演出じゃないか、蓮」
羽矢さんは、そう言いながら、雲の動きを目で追っている。
「依。俺の近くに」
「はい」
僕は、蓮の元へと向かう。羽矢さんが蓮との間を開け、僕を間に入れた。
蓮が指を動かす度に、雲の量が増えていく。
……雨……。
空に雲が広がると、ポツリポツリと雨が降り始めた。
「そこに動かぬ闇があるなら闇らしく、暗い雲がお似合いだろ?」
「封じるって訳か、蓮?」
「封じる? それはどうかな……そもそもの狙いは『聖王』にある。王政を目指したとするなら尚更だ」
段々と粒を増してくる雨の中、雨音に重なって蓮の声が流れる。
「聖王とは理想そのものだ。指針を決めてくれる絶対的な存在……そこに光があれば闇は消える。だが、闇には実体がない。それでも……光など差す事もない場所なら、元々、その闇はそこに存在していると言えるのだろう。王とされるものに光がないならば、確かにな……」
「理想……その理想とする条件は、誰が揃えると言う」
「それが支持だろ。支持が多い程、理想が揃う」
「……曖昧だな」
「ああ、曖昧だ」
「だからこそ、少しの刺激であっても、そこに加われば全てが引っ繰り返るって訳か」
羽矢さんの言葉に蓮は、ニヤリと口元を歪めた。
「ふん……少し、じゃねえ」
蓮は、空へと向けた指を、音を立てずにそっと弾いた。
雷鳴が轟き始める。
激しさを増す雨。
稲光が空を這い、雷鳴が地を震わせる。
耳を覆う程の大きな音に、僕は驚く。
だけど、僕の左右には蓮と羽矢さんがいる事で、恐怖心はなかった。
「大いに、だ」
木々の葉までも震動を伝える大きな音が響き渡る。社殿の直ぐ裏側に天から地に向けて、稲光が突き刺さった。
あまりにも大きな音に目を閉じた僕だったが、目を開けると、バチバチと火花を散らす稲光が、柱を作っていた。
「これはまた、派手な事で。壊すなよ、蓮。ここはこの界にとって遺産も同然だぞ?」
「馬鹿言うな。壊す訳ねえだろ。ここを何処だと思っている」
「お前の領域、だろ?」
「ああ、俺の領域だ。だから……」
社殿の中に響いた事だろう、騒がしくなった。
「今日は大事な臨時祭だ。参列は、場に相応しい者のみにして頂こうか」
慌ただしく人々が、バタバタと社殿の外へと散る。
その様子を遠目から眺めながら蓮は、ゆっくりと口を開いた。
「これを祟りと呼ぶならそれだけに……闇を闇だと言う理由が明確になるだろう」
「おい、蓮。践祚前だぞ? いいのか?」
そう言う羽矢さんだったが、深刻な表情など見せてはいない。穏やかにも微笑んで、蓮の行動に納得している。
「践祚前だからこそ意味がある。そもそも、位を受け継ぐ事は決まっている事だ。確実に何かが起こると言うなら、尚の事。儀式が済んだ後では意味がない」
「まあ、俺は止める気はないけどね」
「当たり前だ。止めて貰っては困る。そんな事をさせる為に、お前を付き合わせた訳じゃない」
「勿論、分かっている」
社殿の前に散る人々。轟く雷鳴は止む事なく、社殿の裏から伸びる稲光の柱を見て、更に騒ぎが大きくなっている。
「あ……」
僕が声を漏らした事に、蓮と羽矢さんはクスリと笑う。
蓮の目的は…… 一つだけじゃなかった。
『全てを守る』
その思いが、僕の目に捉えられていた。
「国に仕える正式な陰陽師……総代の舞台の幕開けだ」