第4話 必定
「摧魔なら、火を点ける時は結願のはずだからな」
羽矢さんは言葉を続けた。
「摧魔を使う目的は限られている。安易に使う事など出来ないものだ。余程の事でもなければ、摧魔を使わなくても、他にも法力はあるからな」
「余程の事、ね……それはもう答えは出ているだろ」
「国の中から国を潰す術……か。確かにな。そもそもこの調伏法は……」
「ああ……人をも殺す」
羽矢さんの言葉の後を、蓮がそう続けた。
羽矢さんは、長い溜息をつき、ああ、と静かに頷くと、蓮に答える。
「そして、それは大義に基づくものとして、な……」
「大義ね……」
「使わざるを得なかったとしたら、どうだ?」
「ふん……そこに掲げるは尊王攘夷って? そもそも、その尊王とは誰の事だ?」
蓮は、皮肉めいた口調でそう言った。
「はっ。決まってるだろ。各々の価値基準に敵う者だろーが」
「各々の価値基準、ね。はは、曖昧だな」
「それをはっきりさせろと神祇伯は言っているんだろ。回向が言っていただろう」
「呪殺を望んだ者同士が、その願いを叶える為に賽銭箱に金を積む。その結果が神祇伯の境地を狂わせた……か」
「……ああ。だからあいつも必死なんだろ」
「下手すれば践祚直後に崩御だぞ。必死にならない方がおかしいだろ」
「だが本当に、神祇伯の境地は狂ったと思えるか?」
「さあな……本当のところは、開いて見るまで分からない。ただ明らかなのは、神祇伯であっても法力を使う事を黙認している事だ」
「そうだな……次は陰陽師の排除……。ここは総代の領域だ。ここで何か起きれば、その宣託は絶対的なものになるだろう。まあ……総代にしても、そこに何があるのか明らかにする為だろうがな……」
笑みを見せながら話していた二人だったが、真顔になると言葉を止めた。
言葉が止まったまま、先へと歩き続ける僕たちは、少しの間、無言だった。
無言が続いたのも、蓮も羽矢さんも思考を巡らせていたからなのだろう。
「だが、蓮……厄介なのは……」
蓮と羽矢さんの表情が翳りを見せる。
「そうだな……」
蓮は、考えながらも呟き、言葉を繋ぐ。
「呪殺……呪いの神社……祖霊崇拝……怨霊信仰……氏族……祖神か。ふん……境界ね。羽矢……」
「ああ……現象が起きない限り、目に見えない」
そう羽矢さんの言葉が流れると、蓮は足を止め、社殿の方を振り向いた。
蓮は、社殿を見つめたまま静止している。
羽矢さんは、蓮の脇を通り過ぎると、蓮を振り向き、見つめる。
社殿の脇を抜けて来たこの道は上り坂になっていて、先を進んだ僕たちは、少し遠目ではあるが、社殿を見下ろす事が出来る。
社殿を見下ろす事が出来ると言っても、裏側だ。
回向の姿も立ち並んだ木々の混雑した枝葉で見えはしないが、回向が動きを見せればこの場所からでも分かる。だけど、事が起きてからでは間に合わないのでは……。
そう思った僕だったが、続く二人の会話で理解する。
「的を射るのに障害が出来れば、射る的が変わるだろ」
「ふん……それもそうだ。門はいつでも開けられるな? 羽矢」
羽矢さんは、蓮の側へと戻り、隣に立つと答えた。
「勿論だ」
自信を持って答えた羽矢さんに蓮は、クスリと笑みを漏らすと、手を空へと向ける。
「それならば……」
ああ……そうだ。逆なんだ。
事が起きる前に、事を起こす……。
「刺激を与えればいいだけだろう?」